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【漫画】あかね噺1 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

落語に魅せられ

情報

作者:末永裕樹、馬上鷹将

試し読み:あかね噺 1

ざっくりあらすじ

父の落語に魅せられて、自身も落語家の道へ進むことを決めた朱音。父が元々弟子入りしていた阿良川志ぐまに弟子入りすることになるが、落語家として生きていくためには様々な試練が……。

感想などなど

皆さんは落語を見たことがあるだろうか?

映画に漫画、アニメにドラマといったエンタメに囲まれて、それらを見るための手段も数多ある昨今において、「落語を観に行く」という趣味に辿り着くのは至難の業のように思う。

なにせ落語を見るという行為一つとってしても、YouTubeを初めとした動画配信サイトでいくらでも、倍速を使って見ることができる。本漫画『あかね噺』において、朱音が魅せられた話芸の素晴らしさは、そんな環境で広まることはありえるのだろうか?

そんなことを考えながら、落語ではない落語漫画を読みふけることになる訳だが、朱音が魅せられたという落語の話芸が、漫画という媒体に落とし込まれている。また、噺家毎の個性も画で伝わってくる。

漫画と落語。一見すると相性の悪そうな二つが組み合わさって面白くなっている。そんな『あかね噺』のストーリーについても面白いので語っていきたい。

 

落語家には「前座」「二つ目」「真打」というランク制度のようなものがある。落語家になるためには、まず「真打」の落語家に弟子入りして「前座」になるところからスタートする。それから「二つ目」「真打」へとそれぞれ昇進するための試験に合格していくことで、落語家として喰っていけるようになる。

第一話では朱音の父・阿良川志ん太が、「真打」の試験へと挑む過去話が描かれる。一人娘を抱える「二つ目」の落語家・志ん太は、その生活のほとんどを妻に支えて貰ってやっと生活できているような状況であるらしい。

学校で「お前のパパはヒモだって……」と言われた朱音。彼の部屋に貼られた「脱ヒモ」と書かれた紙。「そうなりゃ誰にも文句なんて言わせねぇ」というフレーズ。その全てが、「真打」になれていない落語家の世知辛い環境を端的に表している。

落語家というのは芸で生きる者達であり、彼らが生きる世界は芸が未熟な者達は振るい落とされていく。その振るいの儀式である「真打昇進試験」では、志ん太の噺を客と師匠が審査し、技量が認められた者だけが昇進できる。

志ん太の噺が始まった。

彼の緊張や場の重たい空気が描かれる。その緊張は漫画越しにでも読者に伝わってくる。そして同時に、覚悟を決めてから変わった空気も、志ん太の表情や吹き出し、背景などの全てを駆使して表現されている。素人目で見て、漫画が上手いというのは、こういうことなのではないかと思う。

志ん太の演目は『芝浜』。

落語に疎い自分でも、「よそう。また、夢になるといけねえ」というオチのセリフなどざっくりとした内容を知っていた。そんな『芝浜』の醍醐味は、タイトルにもなっている "芝の浜" の情景を語りで魅せることである。しかし、その醍醐味を志ん太は全てカットした。

なるほど、と自分は一人で勝手に納得していた。

落語家は過去に作られた話を基本的にするため、内容は被っている。『芝浜』なんてものは落語の中でも一際有名であるし、自分も見たことがある。「オチも内容も知っている噺を見る意味はあるのか?」という自分の疑問は、こんなところで解決された。

落語家それぞれの得意な部分、持ち味を生かして、自分だけの噺を演じる。これが落語を見に行く醍醐味なのだ。

 

志ん太の「真打昇進試験」の結果は漫画を読んで確認して貰うとして――まぁ、第一話の内容なのでネタバレにはならないようにも思うが……。

この漫画はたくさんの落語家が出てくる。そのそれぞれが得意な噺や持ち味があり、それに合わせた噺などをしている。それが漫画という媒体に画を使って表現されている。名前は忘れてしまったけれど、落語の色だけは覚えているという奇妙な体験ができる。

落語について知って見たいと思えるし、漫画としての上手さも楽しめる。そんな漫画だった。

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