※ネタバレをしないように書いています。
その生物の名は……
情報
作者:中村恵里加
イラスト:双
試し読み:ぐらシャチ
ざっくりあらすじ
秋津島榛奈はいつも通り、海浜で祖母の形見であるオカリナを吹いていると、うっかり高波にさらわれてしまう。そんな彼女を救ったのは、大きな体を持つ喋るシャチであった。
感想などなど
シャチ(鯱、学名: Orcinus orca)は、哺乳綱鯨偶蹄目マイルカ科シャチ属の海獣[2]である。日本ではサカマタ(逆叉、逆戟)という別名もある[2]。Wikipediaより(ソース:
シャチはかなり高い知能を有し、それでいて強い。海洋系における食物連鎖の頂点に君臨するとされ、ヒトだって喰らうということは言うまでもない。武器を持ったヒトを除けば天敵はいないと言っていい。
そんなシャチに高波にさらわれたところを救われた秋津島榛奈。それだけでも十分に驚くに値する出来事だが、さらに英語で話しかけてくるというのだから驚きである。さらにさらに、英語が分からないので「あいむじゃぱにーずおんりー」という片言英語(?)で話していたら、後日会う時までには日本語を覚えてきたのだからもっと驚くことになる。
下手な人間よりも賢いと言っていいだろう。外見シャチだけど。
ということで日本語を覚えたシャチとのほのぼの日常が幕を開け……ると言いたいところだが、実際のところ物凄くホラー的な雰囲気に冒されていく。さすがはダブルブリッドの作者の作品なだけはある。
シャチの話を聞いてくと、かつて住んでいた場所に突如として現れた天敵を倒すために、はるばる日本の海までやって来たらしい。その間で言語も覚えたそう。海に天敵はいないとされていたシャチが恐れる(しかもただのシャチではない。喋るシャチである)ほどの存在がいるというのは、あまり信じたくない事実である。
何とかして助けてあげたいが、現在中学生で今度高校生になる榛奈にはとても無理がある。そこで誰か頭の良い教授に話を聞いてもらえば、もしかしたら分かるかもしれないと助言する。
だが彼はシャチである。シャチが大学にお邪魔して、「ご相談したいことがあるのですが……」と言ったところでどうなるかは想像したくない。そこでシャチは一計を案じ、人になることにした。
榛奈としてはそんなこと信じられない。冗談か何かとして受け取った。だが後日シャチに会いに行くと、見覚えのある人の姿になっているシャチと遭遇することになる。しかもただ人の姿になったのではない。
黒田剛典。
数日前から行方不明になっていたウクレレを弾くことが趣味の少年の姿をしていたのだ。その理由をシャチは、「海に漂っていたから皮をもらった」と語る。
つまり黒田剛典という少年の死体の皮をかぶって、ヒトのふりをしようとしているのだ。
改めて、このシャチには常識が通用しないということを学び、そんなシャチと共に高校生活を過ごすことになった。それが大波乱の幕開けとも知らずに。
そんなこと誰かに相談できるはずもない。シャチの言葉を信じるならば、黒田剛典は海でたしかに死んでいて、シャチが人を殺したという訳ではないのだろう。だがそれでも、どこか受け入れることができずにいた。
そんな中、街では中身だけを吸い取られたかのように死んだ犬猫の死体がいくつも発見される。まさか、その犯人は……? 少年の笑顔がどこか怖く思ってしまう。その笑顔の向こう側でシャチが何を考えているのか分からない。
友情が芽生えそうだったシャチとの間にできた溝は、そう簡単に埋まりそうになかった。シャチはそんな榛奈の変化の理由が分からず、困惑し、それでも人として話しかけ、人の輪の中に溶け込もうとした。
そんなすれ違っていく二人の関係性と、街で起こる事件が繋がっていく。ホラーとボーイ・ミーツ・ガールが混じったような作品であった。