※ネタバレをしないように書いています。
ガールミーツガールの青春フィッシング
情報
作者:山崎夏軌
試し読み:つりこまち 3巻
ざっくりあらすじ
姉弟子・ミクリに、「オリンピックには行かせない」と釘を刺されたマリモ。そんなミクリを納得させるために、かつて母親が釣り上げた三淀川の主・ブチを釣り上げると宣言したマリモは、ブチ釣りに挑む。
感想などなど
凄く今更であるが、マリモの母親・マツモは、釣りをしている最中に川に落ちたマリモを助けようとして死んだ。彼女が釣りに対して消極的で、オリンピックという夢を捨てていたのは、自分のせいで母親が死んで「自分は釣りを楽しんではいけない」と抱いた罪悪感によるものだった。
そんな彼女の心を溶かして、釣りへの楽しみ・憧れを思い出させたのは、アメリカからやって来た釣り師・テトラだった。そこから本気でオリンピックを目指し、頑張っている最中に現れたのが、かつての姉弟子・ミクリだった。
彼女は釣りに復帰しようとするマリモを「憎んでいる」とはっきり言葉にした。マツモさんの死は、マリモのせいである、と。そんなマリモが釣りを初めて、オリンピックを目指していることが許せないのだという。
そんなマリモのオリンピックを諦めさせるため、自分のコネクションを総動員して潰すと宣言された。対するマリモの解答は、「今の私の釣りを見て欲しい」――そのために三淀川の主・ブチを釣りに行こうと話は繋がっていく。
そして、このブチ釣りに失敗すればマリモはオリンピックを諦めるという勝負にまで話は進んでいくことになる。
このブチというのは、かつてマリモの母親・マツモが釣り上げた白と黒が綺麗なコントラストを描く巨大な錦鯉のことだ。錦鯉を釣るなんて簡単じゃないか、という方もいるかもしれない。実際、鯉を釣る難易度自体はそう高くないのだが、主であるブチとなると話は変わってくる。
ブチ釣りの難易度を上げているのは、こいつのいる場所が問題だった。
そいつは電車の鉄橋の真ん中の柱、その下にいる。柱周りの水深が少し深くなっており、そこら一体が大量の鯉の生息域となっていたのだ。狙うべきブチは、その鯉の群れの最深部にいて、餌を付けた釣り糸を垂らしたとしても、そのブチのいる場所まで辿り着く前に別の鯉に食べられてしまうという訳だ。
ブチは大量の鯉に守られている……この鯉のガードをくぐり抜けてブチに餌をちらつかせなければならない。
ブチ釣りの障壁はそれだけではない。そもそも鯉は何でも食う魚で、カニやタニシといった水棲生物や、パンや羊羹といった人の食べ物にだって食いつく。しかしブチは安全な餌以外は食べない。
つまりマリモがブチを釣るためには、「①鯉の群れに餌が食い尽くされないようにしてブチの前で餌をチラつかせる」「②ブチが食いつくような餌を見つけ出す」という二つの課題を解決しなければいけない。
これを達成できたのはマツモのみ。
マツモがブチを釣り上げた時、その場にはマリモとミクリもいた。しかしマツモはその方法を教えなかった。ロマンにたどり着きたいなら、自分でその方法を導き出せと伝説の釣り師は言ったのだ。
その答えを釣れなければオリンピックを諦めるという緊張感で導き出した。そこまでの過程や模索が丁寧に描かれていく。
マリモのことを憎み、オリンピックを諦めるように言い、あらゆるコネクションを使って潰すとまで言ったミクリ……こうやって事実を並べ立てると悪者にしか見えない。実際彼女は、自分のことは悪者だと言っている。
しかしマリモだけはそれを否定した。その辺りの感情の機微を、皆さんは理解できるだろうか。その大きな理由の一つに、読者はマリモの母親・マツモという人物に関する知識が圧倒的に欠けているのだ。
伝説の釣り師、娘を守って死んだ母、釣りにロマンを追い求める姿勢……この第三巻だけでもマツモという人間の輪郭がはっきりとしてきた。その母親の釣り師としての姿が、マリモと重なっていく。
少しずつマリモという人物に対する理解度が上がっていく第三巻であった。