※ネタバレをしないように書いています。
魔女はじめました
情報
作者:石塚千尋
試し読み:ふらいんぐうぃっち (1)
ざっくりあらすじ
黒猫のチトと共に、青森の親戚の家に居候することになった木幡真琴、15歳。実は彼女は見習い魔女だった!
感想などなど
科学が発展した現代社会において、魔法は空想の産物である。そんな環境に身を置いている自分にとって、魔法のある世界というと、剣と魔法のファンタジー世界やハリー・ポッターに代表されるような世界観を想像してしまう。
魔法があるということは魔法によって形作られた文化圏が形成されるだろうことを夢想する。そのような人が多いのではないだろうか。
本作『ふらいんぐうぃっち』は魔法が存在する世界である。
しかしながら、現実社会と地続きな社会が漫画の中には広がっている。
まず舞台は普通の青森の田舎だ。空を見上げると魔法の絨毯やホウキにまたがった魔女が一面に広がっている……などということはなく、魔女である木幡真琴は、杖を常に持ち歩いている……などということもない。
木幡真琴が魔女であるということを証明するかのように、竹のホウキを使って空中に浮遊したのは第一話の終盤、ページ数にして27ページにてようやくである。そこに至るまでは、どこにでもいるような普通?の女子高生と、男子高校生と、女子小学生と、黒猫のたわいもない会話劇が繰り広げられるだけである。
読み返してみれば「あぁ、黒猫(=チト)と木幡真琴は会話してたんだな」と分かるが、知らない状態で読んでも「独り言の多い女子高生だな」くらいの感じで、魔法を前面に押し出してくる感じはない。
むしろ青森の片田舎の雰囲気を全身全霊で押し出してくる感じが強い第一巻。感想を語っていこう。
……とはいえ、語りたいことはあらかた語ってしまった。
この作品の魅力は何ともいえない緩さにあると思う。そもそも木幡真琴は魔女修行と称して青森にある親戚の家に転がり込む訳だが、この魔女修行という奴は、特にすることが決まっていない。
これがジャンプ漫画であればライバルが現れて競い合ったり、誰かが○んで戦う理由ができたりするのかもしれないが、そんなことはない。
私の両親が今の時代…魔女は色々不安定だから どう転んでもいいように高校だけは出ときなさいって言うんです
なるほど。そのため魔女見習い・木幡真琴は普通に普通高校に通う。
魔女ってことは家族や親戚とかの関係者以外には喋っちゃ…
ふむ。どうやら魔女であることは他言無用であり、関係者以外には話してはいけないらしい。話してしまった者には厳重な罰則、知ってしまった者は記憶を消されるといったルールもない。ベストエフォート、つまりは努力目標である。
この緩さがあるからこそ、魔法が日常の延長線上にあるような独特の世界が作られているように思う。これがバトル漫画なら、彼女が魔女であることを知った者は消されてる。
マンドラゴラというのは魔法ファンタジーものでは定番であるが、「鳴き声を聞くと○ぬ(もしくは気絶する)」といった危険性を持ち合わせている。それが登場しても、「○ぬ」という危険性よりも、「魔法を使わない人にとっては貰っても嬉しくないもの」というシュールなギャグで消費されている本作。
他にも魔法特有の世界観を日常に溶け込ませ、それをどのように受け入れているかの緩さを噛みしめるのが、本作の楽しみ方だと思う。その緩さには青森の田舎という緩さを掛け合わせると、さらなる緩さが作り出されているような気がする。
癖になる緩さの第一巻だった。