※ネタバレをしないように書いています。
最高の一杯を求めて
情報
作者:早川パオ
試し読み:まどろみバーメイド 3巻
ざっくりあらすじ
屋台形式でカクテルを出してくれる店を運営する雪の物語。
「夜明け」「紅白」「フェイク」「サマーチェイス」「スターリースカイ」「異端児」「旧い水」
感想などなど
「夜明け」
かつての香港NO1バーテンダー、アシュレイ・フー。彼女を日本に連れてくるために台湾までやってきた雪であったが、提供したアメリカンビューティーが何か癪に触ったらしい。「この酒は皮肉か……?」という言葉が印象深い。
アメリカンビューティーは絶妙なバランスで成り立っている完成されたレシピとされ、飲んで一層目にポートワインの酸味が来て、二層目に深い甘み、それらが最期には混ざり合う。二つが一つになったその瞬間に完成されるカクテルだった。作り出すためには緻密な軽量と技術が要求される。
一度は旨いと口にしたアシュレイ。それを覆すような皮肉が、この酒には込められているのだろうか。とにかく失敗してしまった商談。剣堂さんは日本に戻り、ただ一人台湾に残った雪とアシュレイと妹であるシャノンの会話で、全ての真実が語られていく。
品評会で暴行沙汰を引き起こした原因は何か? 美味しさが分からなくなった原因は何か? そんな疑問の解決と、未来への一歩を踏み出すための後押しをしてくれたのはカクテルであった。
そのカクテル――抹茶モスコミュールがこれまた旨そうなのである。日本にしかない、日本でしか生まれることのなかったであろうカクテルであった。
「紅白」
雪の同居人である日代子がダイエットに奮闘する話。原因は間食と甘い酒の飲み過ぎである……と分かっているなら、それを辞めて適度な運動をすれば解決するのだが、そんな簡単にできることではない。
適度な運動のためにジョギングを開始した日代子。その御褒美のためにカルア-ミルクといったミルク系カクテルを飲む飲む飲む。同じ悩みで苦しむアシュレイの妹であるシャノンと偶然出会い、さらにミルク系カクテルを飲んでしまう。
ペイズリーミルク、グラスホッパー、アレキサンダー……などなど。飲みてぇ。甘いと酒飲んでる気がしなくて飲み過ぎてしまうのが悩みではあるが。その罠にはまった者の末路が日代子であったりする。
そして雪にダイエット用のカクテルという矛盾してそうなカクテルを紹介してもらい、ダイエットが大成功……などするはずもない。予定調和のようなオチであった。
「フェイク」
いつも軒先で店を出させてくれる寺の和尚さんが、「ジュースだと言い訳ができるお酒を飲みたい」と店に来た。ということで雪が出したのはトマトジュースと言い張れるようなカクテル。
そもそもカクテルは禁酒法の時代に、味の悪い密造酒を飲みやすくするために確立されていった技術。その頃にトマトジュースを偽装するために考案されたレッドスナイパー。見た目は完全にトマトジュース、そこに雪のセンスが光る隠し味が数滴入るとこれまた最高の一杯が生み出される。
雪の人の見る目と、思いやりの心が詰まった短くmとまった一話であった。
「サマーチェイス」
第二巻「リヴァイブ」にて壊れた屋台を修復してくれた祥子さんと、海に遊びに来た雪さん。二人とも抜群のプロポーションを持っているために、男性達の視線を釘付けにしている中、SATELLITEの営業は大成功。様々な場所でさすらいながら営業している雪にとって、場所の変化は大したディスアドバンテージにはならない。
そして昔からの顔なじみである祥子さんと共にいて思い出すのは、かつての自分であった……。
「スターリースカイ」「異端児」
雪がバーテンダーになるまでの回想――騎帆と雪との出会いから描かれていく。
雪はしがない食事処の娘であった。その店の料理人であり顔でもあった母親が亡くなり、すっかり味が変わって客足も遠のいてしまい、店を売却することに決めた父親との仲は決裂。ただ一人家を飛び出して、廃屋となりつつあった冬の店内で寒さに凍えつつ眠りにつこうとしていた雪に救いの手を差し伸べたのが騎帆だったのだ。
すっかり落ち込んだ彼女にカクテルを提供し、カクテルの魅力を語ってくれる騎帆さん。雪はその魅力に取り憑かれたのだ。そんな雪を一緒に住まないかと家に誘い、時折、バーテンダーとしての仕事やカクテルについて教えていた。
しかし騎帆にも仕事がある。ホテルエリシオンのバーテンダーとして働きながら教えるということは容易ではない。バーテンダーになっても勉強の日々。基礎の基礎や、勉強の仕方くらいしか教えていない。
それでも雪は努力した。持ち前のセンスで騎帆を驚かせる。雪の凄さが垣間見えるエピソードであった。
「旧い水」
ホテルエリシオンにて優秀な腕を持つバーテンダーとして活躍している騎帆。しかし最近はアシュレイ・フーが入ったことで人気店として名を上げつつあるアヴァロンに客を取られてしまった。
そのことを上層部はつつく。旧い水は腐ってしまう。新しい水に取り替えなければいけない……と。こちら側もアヴァロンと同じように華が必要なのではないか、と。そんな急激な改変により、エリシオンは存続できるとも思えない。
そして語られる、かつて雪がここで働いていたという事実。短い期間しか働いていなかったらしいが、彼女のことは多くの人の記憶に刻まれていたようだ。色々と不穏な空気の中、三巻は幕を閉じていった。