※ネタバレをしないように書いています。
初恋は甘酸っぱい
情報
作者:竹宮ゆゆこ
イラスト:ヤス
ざっくりあらすじ
中学三年の進路調査書に「故郷の星へ帰る」と書いた不思議少女・松澤小牧。チョコを投げて窓を粉砕させた学年随一の美少女・相馬広香。いずれも風変わりな女子二人と、空回りしながらも奮闘しながらも同じ時間を過ごしていく田村くんによる恋物語。
感想などなど
あらすじでも書いた通り、本作では二人の女性と田村君がなんやかんやする恋物語である。そう書くと「お? 浮気か?」「あらあら。二股か?」と思われる方もいるかもしれない。
その通り、正解である。
タイトルもド直球の「わたしたち」の田村君である。この第一巻を読み終えて、第二巻に手をつけるのが少し恐いとすら思っている。ここから先の幸せな展開というものが予測できない。
作者は「とらドラ!」や「ゴールデンタイム」の竹宮ゆゆこだ。分かりやすく脳みそ空っぽで楽しめる幸せな恋愛を描くとは思えない。これから二人の女性と、田村君とのなれ初めをダラダラと書き殴ることになるだろうが、皆が皆幸せになる展開を望んでしまうのは、少しばかり夢見がち過ぎるのだろうかと考えてしまう。
でも本作が好きである。なんでやろなぁ……。
主人公である田村君は、歴史と昆虫が大好きな普通の男子である。まぁ、路上でいきなり大声で告白したり、根性だけで猛暑日に走り回って倒れたりするが、悪い男ではない。
一方、彼と恋愛関係(一応)を結ぶことになる女性二人は、一癖も二癖もある癖の強い面々が揃っている。
まず一人目は松澤小牧。毎朝ランニングをする活発で真面目。成績は常に学年一位。それでいて可愛い。しかも可愛い。完璧と言っても過言ではない。
だがしかし、彼女には重大すぎる欠点があった。
彼女は自身の進路について聞かれると、「故郷の星へ帰る」というように語り出す。ちなみに星というのは月らしい。残念ながら、彼女は地球生まれの地球育ち。星へ帰るということになっても、地球から地球へ帰るということ哲学的な話になってしまう。
田村君はそんな彼女に淡い恋心を抱くことになる。理由は分かりやすい。可愛いから。この時点では、みんな中学生の頃の話だ。複雑に考えるべきことでもないだろう。
これまで話したこともなかった関係性から何とかして恋仲になるべく、田村君は色々と必死になって話しかける。しかし、「うっ」とか「あぅ」とか単語にすらなっていない返事しか返って来ない。それでもめげずに話しかけ続ける田村君の健気さには、モテない我々男子は涙を流しざるを得ない。
拒絶はされていない……と思う。「うっ」でもおそらく、きっと、たぶん返事だ。毎朝の学校回りでは、田村君と松澤さんが二人並んで走る姿が頻繁に目撃されるようになる。口数も徐々に増えていく姿が確認できた。
そんなある日。事件は起こった。
場所は進路相談室。進路調査書に「故郷の星へ帰る」と書いた彼女が、呼び出しを喰らうというのは想像できる話であった。そこで巻き起こる教師と彼女の終わりのない言葉の応酬。その果てに「進学しない」という松澤の口から出てくる衝撃の発言。
もう一度書くが、これは中学の話である。中卒が社会で生きていくことの難しさというのは、きっと想像するよりも遙かに高いのだろう。自らの高校生活を振り返り、あの時期に会社勤めできるだろうかと考えてみる……うん、きっと無理だ。
何が彼女をそこまで「故郷の星へ帰る」ということに執着させるのだろう?
その答えは、是非とも読んで確認してほしい。この作品における一つ目の山場なのだから。
二人目は超絶美少女・相馬広香。とりあえずルックスは学校でも断トツだ。料理スキルもかなりのものだとお見受けする。
しかし、あまりに不器用な女子高生であった。
田村君が彼女のことを知ったのは、受験の前日、バレンタインのこと。主人公の兄貴が彼女の家庭教師をしていたらしく、チョコを渡しにわざわざ家までやって来た場面を目撃した。
何というか気まずい。それで兄がチョコを受け取って、万々歳なエンド……とはならず、兄貴は彼女のチョコを受け取らなかった。それでも諦めきれない彼女。拒絶する兄貴。それを延々と眺めさせられる主人公。
その決着は、彼女がチョコを主人公のいる部屋の窓に投げつけ、粉砕させてしまったことでつくことになる。主人公が受験の前日に傷を負ったことは言うまでもない。
……まぁ、彼女が不器用であるということは何となく分かって貰えただろう。
それぞれ二人の女性に関して説明した。そして、それぞれに一癖あるということを理解して貰えただろう。
その癖というのが、ただのキャラ付けではなく、ストーリーを展開させるギミックとして有用に機能しているのが、本作の特徴だと言えよう。それぞれの癖が生まれたことには、きっちりとした過去という背景が用意されている。
それが分かった時、ミステリでトリックが明らかにされたような小気味よい快感が味わえる。
そして思ってしまうのだ。ヒロイン二人ともに幸せになって欲しい……と。第一巻の終わらせ方も罪深いと思う。この物語の辿る結末が気になって仕方がないという意味で、読ませる作品であった。