※ネタバレをしないように書いています。
オグリキャップの物語
情報
作者:久住太陽
試し読み:ウマ娘 シンデレラグレイ 1
ざっくりあらすじ
カサマツトレセン学園に入学したオグリキャップは、マイペースにただ走れる喜びを噛みしめつつレースに打ち込んでいく。そんな彼女のトレーナーとなった北原穣は、東海ダービーを目標に定めて計画を立てるが……
感想などなど
一大コンテンツととなったため、今さら説明は必要ないかもしれないが、「ウマ娘」というのは史実馬を美少女に擬人化し、アニメ・漫画・ゲームへと展開させていくメディアリミックス企画だ。
本作「ウマ娘」で主役を張る史実馬はオグリキャップ。地方競馬から中央競馬へと移りG1にて四勝という大黒星をあげ、タマモクロスという宿敵と切磋琢磨し、競馬ブームの火付け役となった「芦毛の化け物」とまで呼ばれた馬である。
そんなオグリキャップの史実になぞらえたドラマが、ウマ娘という擬人化により描かれていく。その落とし込み方とドラマの作り方が上手い。
例えば。
オグリキャップは産まれて間もなくは立って歩けないほど右前足が外に曲がっており、牧場関係者はそれを矯正して走れるようにしたそうだ。そんな史実を反映させてだろう、ウマ娘となったオグリキャップは産まれながらにして膝が悪くてまともに歩けなかったそうだ。それを母親が毎日のように何時間もマッサージして、走れるようになったらしい。
競走馬としては最悪なスタートダッシュだったと言えるが、その後のオグリキャップは雑草から寝藁までも喰らうほどに食欲旺盛さで順調に成長を遂げた。普通ならば体重が減ってしまうような遠征を経ても、むしろ体重が増えたという逸話まで持っている。それが反映され、学園の食料庫の食材を食い尽くすほどの大食いキャラと化している。
ここまでの説明を聞いても、有象無象の擬人化との違いは分からないかもしれない。スポ根として昇華されているのである。さらにオグリキャップの大食いキャラの可愛さ、本気で走る格好良さの両方が描かれていくのもたまらない。
第一巻の物語をまとめることは難しい。その理由の一つとして、『オグリキャップにとっての目的がない』ということがあげられる。主人公のライバルとして出てくるフジマサマーチには『東海ダービー』という目標があった。他のウマ娘達にも、何かしらの目的がある様が描かれる。
だからこそ、勝つための特訓に明け暮れている。
だがしかし。主人公であるはずのオグリキャプにはそれがない。
友達であるベルノライトは作中で、「なんで走るの?」とド直球の質問を投げかけている。それに対するオグリキャップの答えは「走れるから?」というものであった。「立って走る……私にとってはそれだけで奇蹟だ」と語る彼女の表情は明るい(飯を食っているからかもしれないが)。
そんな彼女はベルノライトという友人や、走り方を教えてくれる北原穣トレーナー、ライバルとして競い合うことになるフジマサマーチとの出会いを通じて、走る目的ができる。これがオグリキャップにとっての始まりであり、この一連のスポ根として王道の展開にアクセントとして、挫折と成長が描かれる……これ史実なのかい。
史実といっても馬は動物だが、人になることで産まれる感情――悔しい、嬉しい、悲しい――それらが表情として表れる迫力たるや最高である。