※ネタバレをしないように書いています。
※これまでのネタバレを含みます。
平和を願う気持ちは同じ
情報
作者:細音啓
イラスト:猫鍋蒼
試し読み:キミと僕の最後の戦場、あるいは世界が始まる聖戦 8
ざっくりあらすじ
黒幕がヒュドラ家であることを知ったアリスは、女王の娘として戦い、妹シスベルを助けることを決意する。イスカは皇庁から無事に出るために、シスベルが捕らえられていると思われる塔へと向かった。
感想などなど
女王の殺害未遂、帝国軍による城への侵攻、使徒聖との戦いによる女王重体、純血種であるイリ-ティアは帝国に連れて行かれ、王家の複数人は行方不明……なんというか散々な状況である。
それらを裏から操っていた黒幕は、イリ-ティアとヒュドラ家であることは第七巻を読んでいた人ならば、お分かりだろう。アレ? でも、イリ-ティアは使徒聖ヨハイムに斬られたんじゃ……とお思いの方、安心して欲しい。
彼女は元気に生きている。代わりに人ではなくなり、完全な魔女となっているが。
第八巻の冒頭は、あれほど深々とした傷をつけられていたイリ-ティアの傷が、治りかけている姿が確認できる。そして自虐するかのように、自身を人と魔女の中間であると語った。さらに使徒聖ネームレスを限界まで追い詰めたゾア家当主グロウリィ卿を、倒して眠らせたのは彼女であるということまで明かされる。
思い浮かぶのは第五巻でイスカが対峙した異形。被検体という言葉はこれまでも何度も登場した。まさか、イリ-ティアはそんな人ならざる存在に身を堕としたというのだろうか?
さて、そんな舞台裏の話は置いておくとして。イスカやアリスが戦う表舞台に話を戻そう……表舞台? たいがい彼らの行動も、社会的に見れば裏なのだろうか。
とりあえずイスカとアリス達は、黒幕がヒュドラ家であるということを知っている。ヒュドラ家当主タリスマンがわざわざ出てきてシスベルを誘拐、自ら黒幕であると名乗ってくれたのだから間違えようがないだろう。目立ちたがり屋かな? まぁ、元使徒聖イスカがいたのだから、タリスマンが出てこなければ誘拐は成立しなかっただろうが。
ここで取るべき行動は、シスベルを救出すること。シスベルがいれば、女王を殺そうとした犯人も分かる上、彼女の証言があればヒュドラ家が犯人であるという何よりの証拠となる。姉として、妹を救いたいという思いも少なからずあるだろう。
しかし、シスベルを救うためにヒュドラ家に乗り込むには証拠が足りない。つまりアリスは表だって堂々と動けない。そこでイスカ達が帝国兵という立場を利用して調査、純血種であるシスベルを誘拐、ついでにヒュドラ家が黒幕であるという証拠まで集められれば万々歳というような計画を立てる。
なるほど、こういう時には帝国兵という敵側の人間は便利なのかもしれない。下手に自身の部下を動かして捕まった場合、アリスが黒幕というのは丸わかりなのだから。
しかもイスカは元使徒聖、皇庁では星霊を身に宿した者同士の戦闘訓練はあまり行われないらしいから、シスベルの護衛として純血種がいるという最悪な場合を想定すると、本任務において彼以上の適役はいないと言っても過言ではない。
そして、そんな最悪な想定というのは良く当たるものだ。敵としては、相手が想定する最悪を可能な限り用意するものなのである。
今回イスカが相対するのは、ヒュドラ家の女王候補ミゼルヒビィ・ヒュドラ・ネビュリス九世であった。
本作の魅力はやはり強者同士の戦いにあると思う。イスカ対ミゼルヒビィによる戦闘は、相手の能力が分からない状況からのスタートし、少しずつ情報が明らかになっていく度に、露わになる敵の厄介さ、底知れぬ恐ろしさが垣間見える。
大勢の兵士がいる戦場においては、彼女が最も厄介なのでは? と個人的に思うのだがどうだろう。正直、アリス以上に戦争では役に立つ気がする。なにせアリスは個人だが、ミゼルヒビィは一人で一個大隊のような存在なのだ。
二人の戦いの裏ではサリンジャーが自身の矜持に則って動き出し、被検体の最終目的などが露わにされていくなど、重要な情報が次々と明かされていく展開が続いていく。慌ただしい魔女狩りの夜は明けたが、まだまだ戦火はくすぶり続ける第八巻。第九巻から戦場は帝国になりそうかな? という予兆を残して終わっていく。