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キーリ 死者達は荒野に眠る 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

神様なんていないんですよね?

情報

作者:壁井ユカコ

イラスト:田上俊介

ざっくりあらすじ

教会の寄宿学校に通う十四歳の少女・キーリは、幼い頃から霊が見えたため、神様の存在に疑問を抱いていた。そんな日々を過ごす中、冬の長期休暇の初日に<不死人>のハーヴェイと、その同行者である小型ラジオの憑依霊・兵長に出会う。

感想などなど

この作品をネット上で検索してみても、中々ヒットすることがない。感想ブログはいくつかないこともないが、それでもやはり数は少ない。あまり売れなかった……ということもないと思うのだが。

もっとこの作品は知れ渡るべきだと思うほどに、この作品は名作と呼んで良いと思う。ラノベの枠を越えたファンタジーとして、読み応えは十二分にある。

そんな本作の魅力を、ネタバレをしないという制約の下、存分に語らせていただきたい。

 

物語の世界観としては、「神の存在が信じられていて、汽車が走るパンク的(ロンドンのような)世界観」といったところだろうか。技術レベルとしてはまさしく汽車が走っている時代――石炭が主要エネルギーである時代だ。まぁ、正確には石炭ではなく、残りカスと呼ばれているようであるが、描写的には明らかに石炭がモチーフとなっている。

そんな世界で主人公であるキーリは、親のいない孤児として教会の寄宿学校に通っている。

当然のように信仰対象としての神が存在し、それぞれの教示というやつが存在する。「死後の世界があれこれ」と有り難いお話が聞けるわけだ。

しかし、主人公には霊が見えている。そんな彼女に死後の世界を信じろという方が酷であろう。疑問を抱きつつも、自分は養われいてる身。逆らって怒りをかおうものなら、十四歳にしてホームレス生活となってしまう。適当に寄宿舎の学生として勤めていく。

そんな彼女の人生に転機が訪れた。

あらすじにも示したハーヴェストと兵長との出会いである。

 

<不死人>という存在はこの物語の世界を語る上でどうしても外せない。<不死人>この世界の歴史であり、世界観を物語る存在なのだ。

<不死人>は文字通り死ぬことのできない存在である。

むかーし昔、世界のエネルギーを争う大規模な戦争が起きた。戦争は苛烈を究めたが、中々決着が付かない。そこで死体に永久動力源を埋め込むことで、死ぬことのない兵隊を大量生産し、戦争は終焉を迎えた……。

これが現代から数えて八十年前の物語であり、戦争が終わった後、戦争の功労者であるはずの<不死人>達は<戦争の悪魔>として大量虐殺された……。

そんな<不死人>の生き残りがハーヴェストだった。

彼は戦争で大量の兵士を殺し、戦場から日常へ戻ってみれば、国から殺されそうになり、今もなお逃げ続ける存在なのである。

彼は八十年という間、老いることもなく歴史を見続けた。多くの仲間が老いて死んでいく。彼の人生が心穏やかな人生だったとは言えないだろう。

そんな彼の人生に転機が訪れた。

霊の見える少女・キーリとの出会いである。

 

キーリとハーヴェストと兵長の三人で行く先々で、悲惨な死を遂げた霊が登場し、言葉を発することもなく、何かを訴えかけてくる。そんな彼らの訴えを聞き入れて、優しく寄り添ってくれるキーリ。怖いながら、どこか暖かな物語と別れが描かれていく。

それと同時にハーヴェストが過去に出会ってきた人達が、年老いた状態で登場する。一切歳を取っていないハーヴェストとの対比が、痛烈に描かれている。

避けられない別れが何度も、何度も、繰り返されていく。

 

キーリは霊の見える少女だ。彼女が普通の一般人と仲良くできていないことは、冒頭から描かれている。唯一友達として寄り添ってくれたのは、霊達だけだった。

両親のいない彼女はずっと孤独だった。

そんな彼女の寂しさが嫌と言うほど文章から伝わってくる。

ここで大切になってくるのは、三人の旅の目的だ。

まず兵長の目的は「自分の墓へ連れて行く」ということである。つまりは霊として死ぬためだ。

ハーヴェストの目的は「自由に動けない兵長を連れて行く」ということになっている。実際はどうなのだろうか。自分を置いてけぼりに死んでいく出会ってきた人達との別れを繰り返している彼が、これからも永遠に生きていきたいと願うだろうか。

キーリの目的は「宿題のため」と言っているが、果たしてそれは真実なのだろうか。学校で孤独な彼女が、<戦場の悪魔>と呼ばれるような<不死人>の旅路についていく理由がそれだけだと、自分にはとても思えない。

これは納得のいく別れを追い求める<不死人>と少女の物語だ。

独特の世界観に一度引き込まれてしまえば、もう二度と戻れないような作品でした。

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