工大生のメモ帳

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【小説】グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 感想

※ネタバレをしないように書いています。

二人の世界が交錯する

情報

作者:高野文緒

試し読み:グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船

ざっくりあらすじ

2021年に「グラーフ・ツェッペリン号」を見たという夏紀と登志夫の二人は、それぞれ少しの違和感を覚えながら日常を過ごしていた。そんな中、夏紀は開通したばかりの電子メールで自分宛のメールを送っていたところ、思いがけない返信が届く。

感想などなど

物語を読み進める動機の一つは、物語で提示された疑問が解決されることだと思う。ミステリーなど分かりやすいが、事件が起きて、少しずつ謎が解き明かされていくことが快感なのだ。

その快感が得られる大前提として、謎が提示される必要がある。当たり前だ。解決と謎は一対一の対応であることが望ましい。

さて、本作はミステリーではないので、そこまで厳密に謎の提示を分かりやすくする必要はないだろう。しかし、物語の冒頭部分を読んでも「知りたいことについての説明が一切ない」。つまり、どこからどこまでが本作で解決すべき謎なのか分からず、謎が提示された感じがしない。

本作のジャンルはSFに分類される。となると世界観の説明が欲しいところだが、こちらについても一切ない。ただ「住んでいる世界が違うらしい」夏紀と登志夫の二人の日常を交互に読み進めていくことになる。

「住んでいる世界が違うらしい」というのは、読み進めていく上での予想に過ぎない。夏紀の世界では電子メールが開通したばかりであるにも関わらず、登志夫の世界では量子コンピュータの研究が行われるくらいには技術が発展している。

そんな世界すら違う二人の生活がゆっくりと交わっていくことになっていく。この辺りの雰囲気は『君の名は』に似ている。交わるはずのない二人の人生が、不思議な力で交わっていく青春チックな物語……しかしながらそのままの流れを期待して読むと、ちょっと肩透かしを食らうように思う。

本作はそういった青春物語としてではなく、量子力学や相対性理論といった物理学の思想をベースとしたSFとして読むべきだ。謎は謎として漠然と受け入れ、展開にその身を任せることが、本作の読み方なのであろう。

 

本作を説明するのはとても難しい。

前半部は、メールが始まったばかりの世界と、ヴァーチャル空間が盛り上がりを見せる世界がゆっくりと交錯して混じっていくような不思議な空気感の話が描かれていく。まずは夏紀が自分宛のメールを送ったら、おそらく別の世界にいる登志夫に届いて……登志夫は彼女に会うために奮闘して……というように。

『君の名は』と似ている前の方で書いたが、田舎暮らしの三葉と都会暮らしの瀧が入れ替わって、交わっているようで交わってないような奇妙な空気感が、どこか似ているように感じた。

どこか会話が成立しているようでしていない。それでも二人の関係性は深まっていく。まるで運命の出会いだったかのように。

『君の名は』との大きな違いは、その不思議な交錯の理屈が明確に説明されていくこと、その理屈が物語の根本であるということだ。『君の名は』において入れ替わりの理由は説明されないし、どうだっていい。

本作においては、この世界における違和感を作り出した理屈が大切になってくる。

この理屈が明らかになっていく過程を楽しめるかどうかで、本作の評価は大きく割れるように思う。理屈を理解すればするほど、この物語の結末に至るまでの流れは運命だったと分かる。いずれはこの結末を迎えることは確定されていたと理解できる。

この物語は良い意味で理屈っぽい。感情が動かされるよりも納得が優先されている。