※ネタバレをしないように書いています。
生命と同等の価値があるもの
情報
作者:上遠野浩平
イラスト:斎藤岬
試し読み:ソウルドロップの幽体研究
ざっくりあらすじ
傍目にはどうでもいいとしか思えない物を盗み、同時にその人の命を奪う謎の怪盗 ”ペイパーカット” 。そいつを追うサーカム保険の調査員・伊佐俊一と千条雅人は、予告状が届いたという巨大ホールへと向かった。
感想などなど
命よりも大切なものはないという。死生観には色々あるだろうが、それでも死に対する恐怖心という本能は否定できないだろう。死にたくない、というのは命あるものの願いだ。
だが人は、そんな命よりも大切なものを持っていたりする。そのもののためならば、何だってできる。まるで生きるための原動力のようなものが、誰にだってあるはずだ。
例えそれが傍目にはどうでもいいものにしか見えなくとも。
”ペイパーカット” はそんなどうでもいいものを盗み、相手の命を奪う。そんな事件を起こす前には、必ず予告状を残していた。そんな事件を幾つも起こしていながら、未だ犯人に繋がる証拠は何一つ出てこない。
その理由の一つとして、そもそもペイパーカットが現れたことに気付かれないことが要因としてあげられる。奴が残す予告状はポストに投函されるような形で届けられるのではなく、いつの間にかテーブルの上に置かれていたというようにさりげなく出される。もしくは他の紙に紛れ込ませるような形だったりもして、事件後になって予告状に気付かれるということも珍しくない。
運良く事件前に予告状に気付いたとしよう。
作中では強大な権力を持つ老人の元に予告状が届き、厳重な警備を持って怪盗を迎え撃とうとした。その警備網を難なくくぐり抜けて、キャンディがひとつ失くなって、老人は亡くなっていた。
他にも警察官達の護衛を受けた少女も、同様にペイパーカットに殺されている。それら二つの事件では、やはり怪盗の正体に近づくような証拠の一つだって見つからなかった。
この作品は、ペイパーカットによる殺人の調査をしているサーカム保険の調査員・伊佐俊一と千条雅人視点。ペイパーカットらしき男に助けられた夫婦。その他、事件に巻き込まれていく者達の視点が複雑に入り乱れて描かれていく。
パラディン・オーディトリアム。
最大で五千人も収容できる巨大なホールに、ペイパーカットからの予告状が届いた。ペイパーカットを追っている伊佐俊一と千条雅人は、その調査のためにやって来た訳だが、ホールは数日後に控えたライブの準備で大忙しの状況であった。
そのコンサートでは、みなもと雫という半年前に亡くなった天才アーティストを弔うために開催される。いわば追悼ライブである。そのライブを直前としたタイミングでの予告状。いつも通り、他の書類に紛れ込まれたように置かれており、気付けたのは運が良かったと言えるかもしれない。
といっても。
予告状のような脅迫状は、他にもかなりの数来ていた。追悼ライブの中止を訴え、みなもと雫のファンが行動に移したらしい。「彼女の作った曲は彼女以外には演奏できない」「彼女を侮辱するな」といったように、彼女のコアなファンには追悼ライブ自体が受け入れられていないらしかった。
ペイパーカットの予告も、それら過激派ファンの模倣か? いや、ペイパーカットのことを知っている者は、ごくごく限られた人間しかいない。そもそもオカルトだとか、都市伝説じみた存在なのだ。
だとすればペイパーカットも、このライブを止めようとしているのだろうか。怪盗というよりは殺し屋だ、と作中で言われているペイパーカットが、このホールに予告して盗み出して殺そうとしている相手とは誰なのだろうか?
正体のはっきりしないペイパーカットが、どこで、何をしているか。そんなことを考えつつ、事件の顛末を眺める……そんな話であった。