※ネタバレをしないように書いています。
死の恐怖を忘れるなかれ
情報
作者:中村恵里加
イラスト:藤倉和音
ざっくりあらすじ
特異遺伝因子保持生物――通称 ”怪” の血を受け継ぐ片倉優樹は、危険な "怪" の捕縛と捕殺を担う特殊部隊『EAT』に協力しているさなか、1人の人間の青年に出会う。
感想などなど
さて、本作の魅力を語る上で ”怪” についての説明は外せまい。
得意遺伝因子保持生物という大仰な名前がついているが、一言で言ってしまえば人ではない別種の生物である。いや、人も猿も遺伝子を持っているが、その構造がこれまでの常識を覆してしまうほどに奇妙で奇天烈な何かといった方が、人によっては分かりやすいかもしれない。
遺伝子が違えば、当然生物としての特徴も大きく異なったものとなる。
例えば……銃弾を数発喰らった程度であればすぐに回復、喰らう以前に銃弾を手刀で落とす。人が素手で挑もうものなら、怪に対してダメージを与えることは難しいだろう。
怪は甲種と乙種の二つに分類される。
乙種の外観は地球上に生息する生物の中でも特に異様な出で立ちで、冒頭に出てくるヨーウィという怪は『蜥蜴のような頭を持つカブトムシ』と表現されている。すぐに頭の中で想像して描けるような外観ではないことが分かって貰えるだろう。
一方、甲種の外観は人にそっくりである。しかしながら、人知を越えた身体能力や聴覚に嗅覚を見れば人ではないことは一目瞭然。食事をとる必要性もなく、見た目も14歳ほどで止まり、老いを知らない。
本作はそんな怪の少女が主人公である。
怪という存在は人に恐れられる畏怖の対象であるらしい。その理由は彼らが妙な力を持っているから、というだけではないようだ。
三年前……怪の少年が人を殺し回る事件が起きた。銃弾で撃っても死なないのだから、警察が動いたところで逮捕できるはずもない。
千年ほど前……怪の乙種も甲種も人肉を食べる習慣があったらしい。もっとも人肉は美味しくないらしく、好き好んで食べる物好きな怪はいなくなったらしいが。
怪は病気にならない。それだけなら羨ましいで済む話だが、どうやら遺伝子のアレコレが原因で未知の病原菌を体にひっつけてしまうことがあるようだ。
とにもかくにも人と怪の共存というものは難しい。世界で唯一、日本は怪に人権を与えて公職にも就けるようにしているものの、根付いた恐怖と差別は拭えず、普通の生活というものは送れない。
主人公である片倉優樹も例外ではない。可愛らしい外観とは相反している化け物じみた身体能力と回復能力を利用し、人間側として怪を取り締まる職に就いていた。
第一章はそんな彼女の仕事風景から始まる。豪州から輸入されてきた怪であるヨーウィを捕縛するという人では到底遂行できない仕事を彼女は進めていく。
いくら怪が強いからといっても、相手も怪なのだから一筋縄でいくはずもない。仲間がいればまた話も違うのだろうが、周りにいるのは彼女に対して恐れを抱く人の群れ。彼らも彼らなりに協力しようとする訳だが、限られた兵器でヨーウィに与えられるダメージはたかが知れていた。
そんな中、邪魔するかのように現れたマスコミのヘリ。国民の代表みたいな顔して、大勢が命を賭けた仕事を邪魔しに来るのは、正義と呼んでもいいのだろうか。
焦る片倉優樹。そんな彼女を(方法はどうであれ)救ったのは特殊部隊『EAT』所属の青年、山崎太一朗であった。
この山崎太一朗。馬鹿がつくほどの正義感と信念を持った男である。
そして、誰よりも人としての可能性を信じ、職務に真剣に取り組もうとしている。
そんな人間である山崎と、怪の片倉が出会い、いつの間にやら2人は同じ職場で働くことになる。理由は色々な偶然が重なったと考えて貰いたい。
そんな2人の過ごす風景が、嫌でも人と怪の差というものを読者に突きつけてくる。しかし同時に、怪である片倉の痛みや苦しみも痛いほどに伝わってくる。
食事は一緒に取らない。
訓練をしても怪の相手に人はなれない。
人に慣れていない怪は、山崎にかけるべき言葉が分からない。
そんな2人だったが、ゆっくりと互いに互いを意識し始め、距離が縮まろうとしている時、事件は起こる。
三年前に怪の少年が殺人事件を起こしたという話は既に上で述べた。では、その事件はどのように収束したのだろうか。
どうやら怪である片倉優樹が犯人を取り押さえたようである。
さて、そんな犯人はその後どうなったか。
人型の怪、死なない肉体、謎の多い遺伝子の構造……実験や解剖大好きな科学者達が見逃すはずもない。死ねないまま体を切り刻まれ、実験に実験を重ねられ精神も肉体もズタボロになる日々を過ごしていた。
三年間……三年間も。そして彼が外に出る日がやって来る。その少年の心には怒り、恨み、妬み……目の奥には復讐の炎が燃えている。
本作にはかなり残酷な描写が多い。怪同士の戦いともなると、腕がちぎれようが、脳に銃弾が撃ち込まれようが、眼球が取れようが死なないのだから、戦いの後の惨状は酷いものにならざるを得ない。少女が体内に取り残された銃弾を体から取りだそうとするシーンが、個人的にはかなり痺れた。
そんな世界であろうとも片倉と山崎の関係性は、読み進める上での支えとなってくれる。はたして本当に怖いものとは何なのだろうか。