※ネタバレをしないように書いています。
※これまでのネタバレを含みます。
死の恐怖を忘れるなかれ
情報
作者:中村恵里加
イラスト:藤倉和音
ざっくりあらすじ
”怪” と人、二つの血を持つダブルブリッドである片倉優樹は、怪が殺害された事件の捜査のため京都へと向かった。一方、山崎太一郎は休暇を貰い実家へと帰っていた。
感想などなど
ダブルブリッドの一人であり、一度生き返った高倉幸児。そんな彼の処遇を巡って争うことになった優樹と太一朗。その決着は、太一朗が幸児を殺すという形で着きました。
作中で幾度となく指摘されていた『優樹から太一朗に対する恐怖心』の意味が、
「ダブルブリット殺しにだけは、なってほしくなかった……」
の台詞で判明するという物語としての構成。
そこからさらに幸児が優樹との母違いの弟だと判明、一連の事件の黒幕である主が優樹の父親だと分かる怒濤の展開は一気読み必死。読んでいて楽しい作品でした。
さて、今回。太一朗は元の所属へと戻っていき、優樹は一人で仕事へと勤しむ――つまり二人が出会う前の日常へと戻っていくことになりました。
優樹は『京都で起こった怪殺人事件の調査』へ、太一朗は『帰省』していくというこの二つの物語が交互に描かれていきます。それぞれ見ていきましょう。
まずは『京都で起こった怪殺人事件』について。数百歳程度ならば子供扱いされ、怒りと殺人衝動が等号で結ばれるような常識の通用しない怪。これまでの話から殺そうと思ってもそう簡単には殺せない存在であるということは分かって貰えるでしょう。
人と血が混じっているという優樹ですら、片腕が引きちぎられようが、眼球ポロリしようが死んでいないことからも分かるはずです。第四巻では首の皮一枚繋がっているギリギリの状態の怪も登場していましたし。
しかし京都で死んだ怪は体全体に穴が穿たれ、しかも血が吸われたように出血が少なくなった奇妙な状況で死んでいたのです。
穴が空いている……ということは拳銃? いや、だとすると出血が少ないということに説明が付きません。
犯人は怪か? 怪が怪を殺すことはないとされています。人間は仲間内で殺し合う低俗な存在……というのが怪の人間に対する印象です。人が怪を怖がり差別するように、怪もまた人を馬鹿にしているというのは面白いですね。
では犯人は人か? 残念なことに人は怪と殴り合っても勝てません。現代兵器である銃を持ってしても、油断を突いて致命傷を与えることしかできないでしょう。穴が空いているということに説明がついたとしても、出血が異常なまでに少ないことまでは納得のいく理由が思いつきません。
状況証拠を見ていけば見ていくほど、犯人が人なのか、怪なのか分からなくなっていきます……。
では「被害者が誰かに恨みをかっていたか」という観点から捜査を進めることになる訳ですが、人からも怪からも恨まれている様子がありません。被害者の知り合い怪は「人間に殺されたんだ!」と怒りを露わにし、知り合いの人間達は「どうか見つけてあげて下さい」と警察にすがりつく。
どうやら人からも怪からも好かれた怪である模様。
こうして捜査は暗礁に乗り上げ、優樹は首を傾げることに……さて、事件の意外な犯人とは?
優樹が捜査を頑張っている一方、太一朗は久方ぶりに実家へと帰ってきました。妹は「結婚したの?」と詰め寄り、弟は兄の顔についた傷を心配そうに見つめ、母と父は戻ってきたことに戸惑いつつも歓迎する。
警察官はいつ死んでもおかしくない仕事です。家族としては太一朗の安否……だけでなく生活や今後の未来を心配し、太一朗が何かに悩んでいることを察しつつ見守ります。
そんな視線を感じつつ、彼の頭の中ではずっと優樹のことを考えていました……いや、本当に比喩ではなく。太一朗のシーンに移る度に優樹のことを考えているので、何というか恋に恋する乙女というか。
二人の別れは納得のいく別れではありませんでした。優樹を守るために幸児を殺した太一朗と、ダブルブリッドを殺して欲しくなかった優樹……喧嘩をした訳ではありませんが、互いの想いはすれ違ってしまいました。
では謝罪をすれば……? 太一朗がやったことは決して間違いではありません。優樹を守る上では最善策だったでしょう。何を謝罪すればいいのか、良く分かりません。
ずっと悶々として想いを抱える太一朗。彼は周囲の人々に恵まれていることを実感させられるシーンが続き、彼は覚悟を決めるのです。
さて、彼が取る選択とは?
空木や浦木、主や吸血鬼、鵺に人造人間らしき男など、これまでの登場人物が勢揃いして関わりのなかった人達の繋がりができていきます。
例えば主と吸血鬼。優樹の右目に自身の眼球を埋め込んだ主は、眼球越しに吸血鬼と言葉を交わすことになります……この説明では意味が分からないでしょうが、これ以上簡潔な説明はできないので仕方がありません。
十巻で完結しているということは知っているのですが、どうにも終わりが近いような雰囲気が漂います。といってもまだ解き明かされていない情報はかなりあるので、あくまで雰囲気だけ。
一言で第五巻の内容をまとめるならば、優樹と世界との関係性が進展し、太一朗が自身の想いを決着を付けるための覚悟を決めた回とでもしましょうか。人と怪の関係性について深く考えさせるようなストーリーでした。