※ネタバレをしないように書いています。
※これまでのネタバレを含みます。
死の恐怖を忘れるなかれ
情報
作者:中村恵里加
イラスト:藤倉和音
ざっくりあらすじ
クラスメイトである安藤を喰おうとした虎司の前に、兇人が現れる。黒い虎の姿をさらした怪と、好きな相手が人間でないことを知った安藤……どのような運命を辿ることになるか。
感想などなど
第八巻は読んでいて本当に辛かった。これまで仲の良かった登場人物達が、ただ絶望的な結末へと向かって行くような、一切の救いがないシリアスシーンをただひたすらに積み重ねていくような。
第六課の面々が兇人に堕ちた太一朗を殺す覚悟を決めた第八巻。怪を殺す最強兵器に怪達は勝てるのか? 現状、かならずどちらかが死ぬ結末しか見えません。
しかし、そんな途方もない絶望の中に、微かな救いがありました。
第八巻のラストで、安藤に「喰って良いか」と訊ね「うん」と言われたので、首に齧り付いた虎司。牙が刺さって血が垂れていく。虎司がさらに力を加えよもうものなら、骨が砕け絶命。皮を剥がされ、肉を貪られることになるでしょう。
人を喰いたいと言っていた虎司、これがお前の望んでいたことなのか?
安藤を救ったのは、八牧を殺した兇人だった。
木の枝が蛇のように蠢き、虚ろな目は虎司をまっすぐに見つめている。どうやら殺すべき対象として、虎司をロックオンしたようだ。こうして虎司と兇人は戦っていく訳だが、その力量差は歴然だった。
なにせ虎司から兇人に対してダメージを与える手段がない。虎として(正確には虎ではないが)の武器はその鋭利な牙であろう。人であれば噛みつかれればひとたまりもないはずが、兇人には全くもって通用しない。
鬼斬りの枝が固く鎧のように体を守っている。細くしなやかな枝が口内に入って肉体を蝕んでいく。
もう辛い……読んでいて辛い。これは戦闘というよりは一方的な暴力だ。拳が虎司を何度も……何度も振るわれる。
それをただ呆然と眺める安藤。彼女もあの虎が、これまで仲良くしてきた虎司であり、自分が好きになった相手だと気がつく。自分を喰いたいと言ったこと、自分の首筋から血が垂れていること、これまで見てきた虎司の雰囲気にどこか似ていること……怪に対する漠然とした知識が、何度も殴られている虎が虎司であると語りかけてくる。
ここで思い出して欲しい。
八牧は自身の頭への攻撃を防ぐために、未知という幼女を利用したことを。
恐らく、この現状で虎司を救うことができるのは安藤という人間だけだ。しかし安藤はそんなことを知るはずがない。このまま虎司は死ぬしかないのだろうか、絶望的な状況が続いていく。
救いはあるのか、いや、それがあるのだ。絶望的な状況だからこそ、そんな微かな救いというものが嬉しい。
虎司が苦しんでいる時、優樹や大田や夏純と言えば、今後のことを考えていた。頭を悩ませる問題はたくさんある。
親から暴力を受けていた未知、彼女は親本へ帰るべきなのだろうか? 八牧を失った彼女は何を頼ればいいのだろうか?
左腕が右腕になっていた優樹、山崎太一朗との想い出はすっかり消え失せ出しまっている。その意味とは何か? 怪でありながら、人でもあるダブルブリッドの彼女に対して、怪を殺すことしか考えられなくなった兇人は何を思うか?
夏純は兇人を殺すことしか考えていない。そしてどこか最期を覚悟しているように感じる。
大田は? 傍観者としての立場を崩さないのか?
シリアスでありながら、少しばかりの救いがあった第九巻。終わりは近い。その終わりは幸せか、不幸か。現時点ではどちらとも言えない。