※ネタバレをしないように書いています。
生命と同等の価値があるもの
情報
作者:上遠野浩平
イラスト:斎藤岬
ざっくりあらすじ
新進工芸家・波多野ステラの作ったオブジェを写した写真に、「生命と同等の価値のあるものを盗む」の文字が浮かび上がった。サーカム保険の調査員・伊佐俊一は、今回の対象者は損保マン諸三谷ではないかと予想するが、彼はステラの姉・イーミア不審死事件の容疑者となっているのだった。
感想などなど
複雑精緻なガラス細工、その形は何の意味もないように見える。しかし光を当てて映し出される影は、本体とはまた違うシルエットを描く。蝶のような飾りがついたものであれば、影は数字の ”8" を描き出したり……その不思議な現象は、幻想的といえなくもない。
そんなガラス細工はトポロスと名付けられた。製作者である新進工芸家・波多野ステラは、そのトポロスに関して多くを語らない。作り方やトポロスという名前の意味に至るまで謎に包まれている。
そのミステリアスさが幻想的な作品を印象付け確固たるものにしているのかもしれない。トポロスはかなりの人気を博し、大きなデパートの一角を利用した展覧会が催されるまでになった。
その展覧会に突然やってきて、ステラの姉・イーミアが死んだ。それは不思議としか言いようがない、奇妙な死に方であった。展示されたトポロスの一つ……『皇帝の死者』と題されたそれの前で、「これでは……ならない、キャビネットセンスにならない……」と意味深なことを呟いて倒れ、ぷっつりと死んだ。
キャビネットセンスという単語は、これまで幾度となく登場した。
生命と同等の価値があるもの……実はこの事件が起こる前、飴屋と名乗る男も展覧会に訪れていた。彼女に一体何が起こったのか? その謎を追っていくことになる。
そして、その謎のカギを握っている人物が、展覧会の保険代理人として仕事していた諸三谷吉郎という男なのだ。そのことを彼の顔写真を見て察した調査員・伊佐俊一は、果たして真実にたどり着けるのか……その辺りも期待して読み進めることとなる。
ブギーポップ本編でもそうだが――この作品の面白いところは、一見すると関係ないように思われた人物たちの関係が詳らかにされ、繋がりが明らかになっていくことで、これまで謎だった部分にパズルのピースが嵌っていくことだと思う。
例えば。
保険代理人・諸三谷吉郎は、難病を抱えた妹がいる。彼女の病気は治す手段が存在せず、新薬の開発に期待するしかないという状況で、その治療費も莫大になりつつあった。そんな彼が頼った相手が、東澱時雄だった。
東澱といえば――ペイパーカットを追うツンデレお嬢様・奈緒瀬……ではなく日本を牛耳っている大財閥だ。時雄はその長男で、現在、財閥を仕切っているのは彼である。その彼とお友達ということで、仕事を回してもらったり、特別な裏の病院を紹介してもらったりと助けてもらっているらしかった。
その回してもらった仕事の一つが、ステラの姉・イーミアが死亡した展覧会であり、紹介してもらった病院に妹が入院し、何とか生き延びているといった状況だった。ちなみにその病院には伊佐の相棒にしてロボット探偵・千条雅人も通院している。
さらにいうと、トポロスの製作者である波多野ステラは時雄の愛人と世間では噂されており、彼女が語る時雄や、姉であるイーミアの印象は実に興味深い。「自分のものがなにもない」「何も欲しくないんじゃないかしら」「ほんとうは憎くて憎くて仕方のないことがあって、そいつに負けたくないだけ。悔しいだけなのよ」
後から読み返すと、「なるほど」と納得することが多い。これぞピースが嵌る感覚というやつなのだろう。
毎回のごとく登場する予告状が、今回は波多野ステラが作ったトポロスの内側に描かれていた。しかし、そこに描くにしても後からペンで書くような簡単で雑なものではなく、作る過程でなければ埋め込めないような形で描かれていた。
これはどういう訳か?
波多野ステラはこの作り方を説明できない。自分が作り出した作品に対して、「怖い」「気持ち悪い」という感想を抱くクリエイターがいるだろうか。そのチグハグさも、読み進めていくうちに感じる違和感も、すべてひっくるめて最後には解決していく。
読み終えた後が心地よい巻であった。