工大生のメモ帳

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【映画】ドロステのはてで僕ら 感想

※ネタバレをしないように書いています。

愛の物語

情報

監督:山口淳太

脚本:上田誠

主演:土佐和成、藤谷理子、石田剛太、諏訪雅、酒井善史

ざっくりあらすじ

雑居ビルの二階で住んでいるカトウは、自室のテレビが一階のカフェにあるテレビと2分の時差で繋がっていることに気付く。それを駆使して先の未来を知ろうとするが……。

感想などなど

ドロステ効果というものをご存じだろうか?

お恥ずかしながら、自分は本映画『ドロステのはてで僕ら』で言葉を知った。どうやら「一枚の絵の中に、その絵と全く同じで小さくした絵が描き込まれ、その小さな絵の中に更に小さな絵が描き込まれ……と繰り返していくと無限ループしているように見える」という視覚効果のことを指すらしい。

そんな視覚効果と自室のテレビが一階のカフェにあるテレビと2分の時差で繋がっていることが、どう繋がってくるか。この辺りが発想の勝利ともいえる意欲作で、ストーリーと発想が噛み合った面白い作品であった。

そんな本作の面白さを伝えられるように頑張って書いていきたい。

 

舞台は一階がカフェで、二階以降に住居やオフィスが入っている雑居ビル。二階に住んでいるカフェのオーナー・カトウは、自室に置いているテレビに、一階のカフェの様子が映っていることに気付く。

しかも、そのカフェには自分がいるのだから奇妙だ。自分は二階の自室でくつろいでいるのに、一階のカフェに自分がいる。書いていて混乱してくるが、映画内のカトウも混乱しているようだ。その混乱に拍車をかけるように、一階にいる自分が声をかけてくる。

声をかけてくるだけであれば、録画か何かかもしれない……という疑念は、会話が成立しているという現実によって潰される。実際に、現在自分がいるはずの一階に向かえば、そこには自室でくつろぐ自分が写ったテレビがあった……。

こうしてやり取りを繰り返すことで、【二階のテレビには、一階のテレビから見えた二分後の世界が映し出されている】ことに気付いた。つまりは二分後の未来が分かるのである。

いつの間にか集まっていたカフェの店員や、常連さんが集まってきて、その二つのテレビによる謎事象を “タイムテレビ” と名付けて、色々と試行錯誤し始める。

二分後の未来が見えるのは凄いことだが、二分後の未来を知ったところで何もできない。凄いことなのに使えない悲しい技術……を何としてでも駆使して、もっっと先の未来を見たい! という訳だ。

そこで思いついた方法が下記の通り。

二階のテレビ、つまりは二分後の未来が写るテレビを、一階のテレビの前に置いて無限鏡のようにする。これによりテレビの中にテレビが映り、そのテレビの中にテレビが映る無限鏡のようになる。こうすることでテレビの中のテレビには二分後の未来が、その更に中のテレビには四分後がというように、二分、四分、六分……と、より遠い未来が見えるようになったという訳だ。

この説明で分かりにくいという方は、二枚の鏡を合わせ鏡にして中を覗き込んでほしい。すると自分が無限に奥に連なっているように見えるはずだ。そこが二分後、四分後、六分後というように未来が表示されるようになるという訳だ。

これにより紡がれる不思議な映像。二分後に何が起こるか分かっているはずなのに先の読めない展開。未来が分かっている物語は面白くないかもしれないが、「どうしてその二分後になるのか?」「その二分後をどうやって切り抜けるのか?」などなど疑問は尽きない。

次々と矢継ぎ早に起こる事件の数々が飽きさせない作りとなっている。

 

この映画の面白いポイントとして、約七十分(厳密には長回し風)という点も挙げておきたい。先ほども書いた通り、数分後の未来が映像に映し出される。つまり自分と自分の会話というシーンが出てくる。どこからどこまでがワンカットなのか分からないが、よくよく考えると、かなり凄いことをしているのではないだろうか?

未来が分かるのに全く展開が読めないという奇妙な体験を、是非ともしてみて欲しい。発想が面白い遊び心が詰め込まれた他にない映画だった。