工大生のメモ帳

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ヒイラギエイク 感想

【作品リスト】

※ネタバレをしないように書いています。

田舎での一夏の想いで

情報

作者:梅津ゆたか

イラスト:やすも

ざっくりあらすじ

東京の八王子に住んでいた萩原出雲は、玉川村という田舎で夏休みを過ごすことになる。人口三百人ほどしかおらず、さらに中学生は九人しかいない。不安ではあったが、毎日のように自然の中を連れ回され、いつしかその村が好きな場所へとなっていた。

感想などなど

都会民は田舎に憧れを抱くのだという。しかし田舎で育ったブログ主としては、虫が多くて夏の夜がやかましく、獣が近隣を駆け回り、時折イノシシ狩りの銃声が聞こえてくる田舎よりも、少し出れば人の喧噪がある都会の方が好きだったりする。

しかし都会にいると、小川の冷たさが、裸足で歩く冷たい地面が、どこか懐かしくなってしまうものだ。本作の著者は、どうやら田舎出身であるらしく、その辺り田舎の描写というものがかなりリアルだ。

多くの人が抱くであろう豊かな自然と、人気のある場所を探す方が難しい環境。家と家の境界が曖昧で、皆が勝手に他人の家に上がり込む感じや、それぞれ名前ではなく屋号で呼び合う……のは田舎の中でも特異な気もするが、調べる限り別段珍しくもないようだ。

そんな田舎の特徴をメリットと呼ぶか、デメリットと呼ぶかは人それぞれ。この作品における主人公の萩原出雲は、少なくともそれら田舎の特色をメリットと感じているらしい。

たった九人しかいない中学生、その中でも出雲と同じ二年生となると四人しかいない。しかも四人とも女の子……しかも美人。野山駆けまわり、滝壺へとダイブするアグレッシブさは田舎民特有で、男顔負けだった。最初は少し嫌々だったかもしれないが、いつしか彼女達の中に馴染んで、仲間として溶け込んでいく。

話を読み進めていくと、どうやら小学一年生の頃にも出雲はここに来ていたようだ。そこで自然に対する耐性は身についたのかもしれない。

 

そんな田舎での日常だけを淡々と描いただけ……という訳ではない。村という閉塞的な雰囲気と、理解できないしきたりにより形作られた何とも言えない恐ろしさが、この作品の空気を形作っている。

例えば。

滝部という隣の部落に姫という少女が住んでいる。何を隠そう、村に来て出雲が一番最初に出会った人であり、いきなり

「むしがおる」

などと意味深なことを告げ、その直前に負傷していた出雲の人指し指をパクりと咥え出す。その直後、気を失ってしまい、目覚めた時には姫と呼ばれる彼女の姿はどこにもなかった。

そんな不思議な少女のことが気になる出雲は、当然、彼女のことを質問する。しかし、その誰もが彼女のことの多くを語ろうとはせず、話を逸らしてしまう。また、多くのことを村の外から来た出雲には決して語ろうとはしない。笑顔の裏に、何か得たいの知れない物事を隠しているような気がして、どうにも気持ち悪さが拭えない。

その村が必死に隠そうとしている『しきたり』、察しが良い人であれば早い段階で気付くことができるだろう。

この村では、一人の少女を生贄に捧げようとしているのだ。

生贄を捧げるということを馬鹿らしいと思う方も多いことだろう。本作の主人公である出雲だって、その価値観は変わりない。しかし村の人達は本気で生贄を捧げることを必要とし、執着している。

だからこそ、日常の裏に ”何か” をひた隠しにしている。

 

ヒイラギという花を御存知だろうか?

クリスマスにはヒイラギの花が飾られるギザギザの葉を持つ花で、キリスト教との馴染みが深いことで知っている人もいるかもしれない。この村では家を守るという意味合いで、家を塀のように囲う際にヒイラギを用いていた。

その葉が持つ棘は、触れた人を傷つける。正しく、家を守るに相応しいといえる。

だがそのような木で家を囲うということは、入ることを防ぐと同時に出ることを拒むことを意味すると、中に住む人は意外に気付かないものだ。壁は守るためだけではない、外に出ることを阻害するためにも使うということを。

この作品を通して、細かくヒイラギに対する印象というものが揺らいでいくことになる。最後、あなたの心に残るヒイラギは一体なんなのだろうか? 読み終えた後、ふと心に問い聞かせてみるのも悪くないかもしれない。

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