※ネタバレをしないように書いています。
消えぬ炎を宿して
情報
作者:藤本タツキ
試し読み:ファイアパンチ 3
ざっくりあらすじ
ドマへの復讐を果たすべく、ベヘムドルクへとやって来たアグニ。すべてトガタによる演出が施されていることを知らずに……彼は復讐を果たすことはできるのか。映画の行く末はいかに。
感想などなど
皆さんは嘘をついたことがあるだろうか。
嘘の大小はさておいて、少なからず嘘をついたことはあるだろう。ないという方も、自分も含めた誰かに対して、絶対に嘘をついているはずだ。もしかしたら忘れているかもしれないし、嘘をついたという意識すらないかもしれない。
かくいうブログ主も嘘はついたことがあって……と、まぁ、そんな話はどうだっていい。何が言いたいかといえば、第一巻からずっとアグニは読者や自分自身にずっと嘘をついていたのだ。トガタに言われるまでもなく、演技をして、それを隠し通していたのだ。
そのことがこの第三巻で明かされ、タイトル回収もあり、復讐の行き着く先も描かれていく怒濤の展開が続いていく。書きたいこと、語りたいことはたくさんあるけれど、ネタバレをし過ぎないようにしなければならない。
ストーリーとしてはベヘムドルクへと乗り込んで、ドマに復讐するという映画をトガタが撮ろうとする……という内容だ。全てはトガタが演出し、トガタが望んだ展開しか許されない復讐という体の映画撮影であり、復讐というには変な感じがする。
アグニ自身そう思っているようだが、言われた通りの服に身を包んで、ドマのいる場所へと向かっていく。とはいえそこには強敵達が待ち受けているので、画的に映えるバトルが繰り広げられることになるはずだった。
しかし、アグニはそれを許さなかった。
ドマの元へと向かうその道中、そこには奴隷達――ベヘムドルクの住民に言わせれば薪達――が幽閉された監獄があった。檻を隔てたところには、薪として何となく生きている人達がいて、この腐った世界を象徴するような光景が広がっていた。
トガタとしては彼らを無視するアグニを撮って、ただドマへの復讐だけに燃える男を演出したかったのだろう。実際は違うというのに。ここでアグニは彼らを救うことを決めた。
この辺りの演出が素晴らしい。
最初はトガタの想定通り、復讐することだけを考えている理想通りのアグニだった。そんな彼の感情は、たった一言「助けて」で歪んだ。ここで語られていくのが、アグニが生きるために自分についた嘘だった。
読者は知っている。アグニは妹のために、痛くないと嘘をついて自分の腕を切り落とした。妹のために、妹のために、妹のために……「生きて」という彼女の最期の願いを叶えるために、生きる糧として復讐者を演じた。
本当の自分は何だったのかを想い出す。ここまでは長いプロローグだったのだ。
結論を言ってしまえば、彼は奴隷達を解放した。そして復讐はさておき、彼らを脱出させるために、立ち塞がる敵達と戦う道を選んだ。それらは演技ではない。本当にアグニがしたかったことをして、何度殴られても、撃たれても、切られても、千切れても……立ち塞がる。
コイツ どうやったら 死ぬんだ…
最初は簡単な仕事を怒りにまかせて熟していたような相手にも、絶望の色が見え始める。そもそも海に沈めて完全に殺した想定でいるのだ。彼らにとって想定していない相手なのだろう。
その戦いは正しく壮絶。ボクシングでのラッシュとはレベルが違う。命を消し飛ばしながらの殴り合い。首を引きちぎりながらの攻防。一見するとアグニがなすすべなく負けているように見える。しかし実体は、ベヘムドルク側の消耗戦。
銃を持った兵士達の戦意は徐々に失われていく。
あの…炎の悪魔の…ファイアパンチの罰が当たるんじゃ…
ファイアパンチ。これはタイトル回収ではないのだが、彼らにとっての信仰が目の前で諦めずに拳を振るい続ける男へと向かい始めている。これは良い傾向なのかどうかはさておき、とにかく彼の戦いは周囲の人々の心を動かし始めた。
この戦いは世界を変えつつあった。
この漫画を読んでいての感情は、「早く終わって欲しい」というものだ。この世界は氷に包まれた世紀末。人を薪にしているような倫理観の世界の結末なんて、滅亡に決まっている。滅亡するならさっさとしてくれと思う。
同時にファイアパンチによって世界が変わっていく様も見たいとも思う。感情がズタズタになった。凄い漫画だった。