※ネタバレをしないように書いています。
消えぬ炎を宿して
情報
作者:藤本タツキ
試し読み:ファイアパンチ 5
ざっくりあらすじ
トガタは自身の秘密を吐露し、それを聞いたアグニはドマに会いに行くことを決めた。ドマもまた自分の話をして、トガタとアグニはその話を聞くことにする。
感想などなど
社会で生きていく上で大切なことは山ほどあるが、教養はあるに越したことはない。
ある物事について知っている状態と知らない状態では、世界の見え方には大きな差がある。アグニは自身の肉を切断して食わせることで人々に食料を供給していたが、人肉食によって異常なタンパク質が脳に溜まってクールー病を発症することを知ってから第1巻から読み返すと、とても恐ろしいことをしていたと気付く。
人は美味しいと経験してしまった人が、いざ食べ物がなくなって追い込まれた時にとる行動に○人という選択肢が自然と出てくる。この状況を予見できるかどうか、これは想像力の問題だ。
アグニはそんな可能性を発想すらしなかった。
なにせ彼は食べなくても生きていけるのだから。とはいえ、それだけの問題ではないだろう。彼はまだ何も知らない子供の頃から、自己犠牲による食糧供給を続けてきた。今の姿はすっかり大人に見えるが、炎の苦痛に閉じ込められたまま、精神の成長を止められた子供であることを認識しなければいけない。
さて、そんな想像の話をしたのには、アグニがしてきた良かれと思っての行動に関して、アグニからは決して見えることのない悪い面の話である。ベヘムドルクにて奴隷解放という大義のために、大量の兵士を殺したことは褒められるのだろうか。彼らにも家族がいただろうに。
この狂った世界に我々平和な世界の人間の倫理観を当てはめようとするのは間違っているようにも思う。しかし、考えることから逃げるのは、また違うだろう。
そんな作品全体を貫く哲学が実に難しいファイアパンチの中でも、より難しさが際立った第五巻について語っていきたい。
トガタが吐露した自身の秘密とは――冒頭からいきなり語られることなのでネタバレ防止として隠すことでもないだろう――トガタは見た目は女性だが、中身は男性だったのだ。
第四巻において、心を読む祝福者が「トガタは男だ」と告発していたが、それは正しかったということだ。そして何よりもトガタにとって触れられたくない現実でもあった。彼はアグニに対して、自身の認識と外面の不一致によって精神が蝕まれていることを語った。チグハグな肉体と精神により、常に死ぬことが脳裏をよぎっていた。しかし再生能力によって死ぬことができないという地獄を。
そんなトガタの話を聞いたアグニは、離れていこうとするトガタとの繋がりを繋ぎ止めておきたいという思いで、「ドマに会いに行くこと」に決めた。元々アグニが村を出たのも、ベヘムドルクに足を踏み入れたのも、全てはドマに復讐するためだった。
彼が未来を向いて歩くためには、ドマに会うしかなかった。
さて、そんな復讐されようとしているドマは遠い村のような場所で17人の子供達と生活していた。そして彼は言う。自らがしてきたことの後悔を語り、それまでしてきたことを理屈で説明した。
お前を燃やしたのは正しい教養を持った私ではなく 間違った教養を持った私だからだ
果たしてアグニにはドマの言葉をちゃんと理解できたのだろうか?
私が今まで見ていたのは映画という娯楽の為に作られた創作物だった
彼は炎によって悪魔を燃やす男の映像を見て、自らの行動の正当性を信じた。しかしそれはアルコール中毒の強○魔のクズ野郎の演技に過ぎなかった。映画は実際にあった真実ではないということを、映画は知らない者からしてみれば想像できないのだろう。
知っているか、知らないか。その2つの状態には大きな違いがある。知っているだけで想像することができるというのは、生きていく上で大きな武器になるのだ。
第四巻では、実は祝福者の能力というのは昔の人達が使っていたツールに過ぎないということが明かされた。つまりそのツールを持ってさえいれば、誰でも使える便利な道具だったのだ。
しかし、そんな過去は忘れ去られ誰も知らない。知らないのだから、それは神から選ばれた者だけに与えられる祝福のようにしか思えなかった。祝福の裏には高度な科学技術が仕込まれている可能性すら感じない。
毎回、読んでいる世界の見え方がひっくり返る。読む心構えの置き所に戸惑うことの多い本シリーズの結末は、まだまだ全く見えてこない。不思議な感情になる第五巻であった。