工大生のメモ帳

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【映画】プラダを着た悪魔2 感想

※ネタバレをしないように書いています。

自分を貫く覚悟はあるか?

情報

監督:デビッド・フランケル

原作著者:ローレン・ワイズバーガー

主演:アン・ハサウェイ、メリル・ストリープ

ざっくりあらすじ

ジャーナリストとして活躍していたアンドレア・サックスは、突如として解雇されてしまう。次の仕事をどうしようか悩んでいる時、ファッション雑誌『ランウェイ』の特集エディターとしてスカウトされて働くこととなる。

感想などなど

この映画を初めて見た時、ブログ主は学生だった。

労働といえば、責任が希薄なバイトであり、上司との人間関係は大学の先輩後輩の延長線上でしかなく、人脈を広げる重要性は漠然とした机上の空論だと思っていたように思う。

何となく『プラダを着た悪魔』を見て、労働の大変さを知った……というつもりはないが、労働によって失われていく何かを漠然と想像してみたりした。

ファッション雑誌『ランウェイ』の編集長・ミランダは、労働によって何かを捨てて来た最果てにいて、アンドレア(以外アンディ)もまたそこに来てくれることを期待していたのだと予想した。

学生の頃とは違い、今のブログ主は労働によって、精神やら健康を丁寧に削り落としながら生きている。そしたら、いつの間にか『プラダを着た悪魔2』が上映された。あの頃、とは時代も見る人の環境も、何もかもが変わっている。

恐らく見方も変わっているだろう。

ミランダがアンディにしたことはパワハラ以外の何物でもないと思うし、ハリーポッターの原稿を入手させようとするのは明らかに辞めさせるためだったと思うし、携帯を噴水に投げ捨てて歩き去ったのは仕事を飛ぶ行為だったと思うし、この映画をそのまま現代に放映していたとして評価されていたかは気になるところだ。当時だからこそ楽しめた要素と言えなくもない。

そんな前作から20年を経て制作された続編『プラダを着た悪魔2』を見終えた後の感情を端的に表す言葉を探した結果、「ほっこりした」に決まった。

 

それぞれミランダやアンディ、ナイジェル、エミリーといった前作から引き続き活躍する人物達の深掘りがされていた。これが「ほっこり」――つまりは安心したり、ホッとした要因だと思う。

編集長・ミランダについて。一作目を見た時、少なくともブログ主にとっての印象として編集長という仕事はおそらく激務なのだろうと分かるが、具体的にどのような仕事をしているのか? その業界を知らないために良く分かっていなかった。全ては彼女の言った通りに動いていたし、彼女の凄さを理解するには、そのポジションに立つまでの過去を想像するしかなかったのだ。

しかし続編で上と下に板挟みにされている状況と、それらの全ての折衝を担っていることを端的に理解出来たし、彼女の建てた城は、いつ崩れてもおかしくない奇跡的なバランスの上に成り立っていたのだと理解できた。その城を盤石なものにするには戦い続けながら、上へと手を伸ばすしか無かったのだ。

仕事をこなす完璧超人に見えていたミランダの人間らしい一面が、より出てきていたため、どこか憎めない可愛らしさのようなものを感じ、ミランダにも「ほっこり」に似た感情を抱いたように思う。

アンディについて。一作目においてアンディが成し遂げた無理難題として、「未発売のハリーポッターの原稿を手に入れる」がある。これをどのように成し遂げたかといえば、ひたすらに手に入れられそうな人に電話をかけたという力技であった。

これは彼女の人望、人脈のなせる技だったといえばそうだが、ジャーナリスト志望の人間であるならば何かしら編集の仕事で大きなことを成し遂げて欲しいという気持ちはあったし、ジャーナリスト志望にしては文章を書いているシーンがなさ過ぎた。

それが続編ではジャーナリストとしての成果が認められて表彰されるシーンから始まり、そこから解雇という絶望に突き落とされることになる。そこからファッション雑誌『ランウェイ』の特集エディターとしてスカウトされて働くこととなり、ジャーナリストとして貢献する姿を見て、色々と嬉しくなった。「彼女のやりたかったことができている!」と。

また、彼女が書いた記事があったからこそファッション雑誌『ランウェイ』が救われる展開がはっきりとあった。彼女の才能が、やりたかったことの形に表れたのは素直に嬉しかった。一息ついてアンディの功績を拍手して迎えられる「ほっこり」である。

ミランダの下でアンディと一緒に働いていたエミリーは、その職を離れてディオールの新旗艦店の責任者を担っていた。そんな彼女がミランダに向けていた特別な感情――尊敬や畏怖、嫉妬といったものを全て含めた大きな感情は、この続編で大きな意味を持つこととなる。「そうか、そこまで君は賭けていたのか」と個人的には一番驚きだった。特にアンディとエミリーの最後の会話は、「ほっこり」する以外の何物でもない。

ナイジェル。ミランダの側の一番近くに一番長くいた男。お恥ずかしい話、あまり印象に残っていなかった。単純な良い人止まりだったように思う。続編にて良い人止まりだった印象は、大きく塗り替えられた。個人的に一番好きな人になっていた。彼からアンディに向けられた最後の台詞に「ほっこり」させられた人は多いと思う。

 

「ほっこり」した以外にも、「分かりやすくなったな」という印象もある。理由としては分かりやすい敵がいたから。ここでブログ主が言いたい分かりやすい敵というのは、「業務上発生した解決すべき課題」のことであり、しかも「解決した先が想像できる」ことが大事だ。

前作において「未発売のハリーポッターの原稿を手に入れる」という無理難題を解決したが、その後も何かにつけて嫌な課題を押しつけられることは目に見えていた。それに「未発売のハリーポッターの原稿を手に入れる」なんてのは明らかに業務の範囲外。双子の娘達の宿題を手伝うなんて、当たり前のようにやっているが明らかに助手としてすることではない。宿題を終えたところで双子が喜ぶだけである(しかも双子のためにはならない)。

しかし、本作において最初にアンディが解決するように言い渡された課題は、「ランウェイの悪評を撥ね除けること」というランウェイが存続するために必要なことであり、ジャーナリストとしての力を遺憾なく発揮できる課題である。

どうやらミランダが労働者を低賃金で働かせているブラック企業を褒めちぎってしまったらしく(企業がミランダに対して嘘をついていたことが発端のようだが)、そのことは民衆の怒りを買い、『ランウェイ』は批判を受けることとなった。これは「未発売のハリーポッターの原稿を手に入れる」以上に解決策の見えない難しい課題のように思えるし、解決した先の未来は明るい。

これを見事にアンディはひっくり返すのだ。ジャーナリストとしての能力をこれでもか、と発揮することで。

また、コンサルも分かりやすい敵として湧いて出てくる。コンサルに対する印象はどこの国でも一緒なんだな……などと思ってしまった自分を許して欲しい。コンサルにとって伝統は凝り固まった悪癖であるが、『ランウェイ』にとっては屋台骨であることを前作を通じて知っている視聴者にとって、コンサルは敵にしか見えなかったのだ。

 

前作では料理人の彼氏がいたのだが、前作の感想において、彼の存在を下記のように説明している。

アンドレア・サックスが "目標を持っていた頃の自分" からどれくらい離れていったかを図る物差しのような存在

正直、アンディと彼の相性は良くないように思っていたが……まぁ、良い。今作にも彼氏ができるのだが、この彼氏にも似たような物差しのような役割があるように感じた。

今作における彼氏は古い建物の外観などはそのままに内装などをリフォームして、伝統ある建物を残していくことを考えている建築家である。彼のそんな思想――「伝統を残す」という部分について異議を唱え、意味が無いと考えるアンディ。しかし、そんな彼女は伝統を重んじる『ランウェイ』を守ろうとしているという矛盾。

この心に抱えた矛盾を示す物差しが彼であり、彼と向き合うことと『ランウェイ』と向き合うことは互いに似ていたように思う。

こうして思い返してみると、全体的に見やすくなったなと思う。それでいて面白い。ヒット作の続編はこけるとよく言われ、だからこそ続編を見ることを怖がる者は多い。しかし、本作に関しては安心して見に行って欲しいと思った。