工大生のメモ帳

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【小説】一次元の挿し木 感想

※ネタバレをしないように書いています。

僕が見ていたモノとは何だったのか?

情報

作者:松下龍之介

試し読み:一次元の挿し木

ざっくりあらすじ

二百年前の遺骨のDNAと、四年前に失踪した妹のDNAが一致した。この事実が指し示す真相とは。妹は一体どうなってしまったのか。その調査を開始するも、次々と関係者が殺されていき……。

感想などなど

「この人骨のDNAは、僕の妹のものと一致している」

この一文が本作における謎を端的に示している。

ここで言っている "人骨" とは、インド、ウッタラーカンド州のヒマラヤ山中にあるループグランド湖に沈んでいた八百個ある人骨の一つだ。 "妹のもの" というのは、四年前に失踪したはずの妹・七瀬紫陽のDNAのことを指している。

ちなみにループグランド湖に沈んでいた人骨というのは、解析をした結果、二百年前のものであるということは確定している。その科学的な証明は、そのことを信じたくないがために繰り返し検証されたからこそ、絶対的な確信がある。

さて、四年前に失踪した妹というのも確かにいた。彼女の兄・七瀬悠の中には彼女との思い出は確かにあって、失踪して死体が出なかったとはいえ葬式まで執り行っている。わざわざ言うまでもないが、彼の親も認知はしていたことを意味する。

とにかく、そんな二人の遺伝子が一致した。

二百年前に死んだとある少女の人骨と、数年前まで生存が確認されている少女の遺伝子が一致することなど有り得るのだろうか。昭和くらいの遺伝子解析技術であればそれはないこともなかったようだが、現代の技術においてそれはあり得ないらしい。

そういった科学的な話の説得力も、本作の魅力の一つであろう。そういった説得力の積み重ねが、本作のリアリティと重みを増している。他作品の名前を出して申し訳ないが、ホラー小説『パラサイト・イヴ』やミステリー小説『重力ピエロ』が脳裏をよぎった。

しかし、本作はそんなどの作品とも違うミステリーであり、SFであったと思う。エンタメとしての二転三転する展開の目まぐるしさや、ホラー的な演出を交えた文章表現など、そのどれをとっても高水準であった。

 

本作の魅力は、遺伝子が一致するはずのない二人の遺伝子が一致したのは何故かという謎にあると思う。この謎の解明に動くことによって、主人公である七瀬悠という男の人生も詳らかにされていくと同時に、彼の妹である七瀬紫陽という人物についても理解していくこととなる。

それらは物語を読んでいて感じた数々の違和感――例えば、そもそもループグランド湖に沈んでいた人骨が日本に来たのか? 作中において説明されているが、その説明に納得できた方はいたのだろうか。少なくともブログ主はおかしいと思った。妹の葬式が執り行われたのだってそうだ。死体は見つかっていないのに、親が率先して葬式をしようとしたのはどうしてか……などなど全てが繋がっていく。

そもそも本作は様々な人物の視点で描かれる群像劇システムになっている。別の人物の視点では、明らかに人間ではない化物のような何かが現れている。そして少しずつ主人公もその化物に近づいていることが分かるが、それを止める術は読者にはない。

様々な工夫が凝らされたエンタメミステリだと感じた。とても面白い作品でした。