工大生のメモ帳

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九十九の空傘 感想

【作品リスト】

※ネタバレをしないように書いています。

悪い人だから

情報

作者:ツカサ

イラスト:えいひ

ざっくりあらすじ

目を覚ますと廃屋の中で傘をさしていた。なぜ、そんな場所にいるのか記憶を失っていた彼女が外に出ると、街は滅びており、謎の化け物に襲われてしまう。そんな彼女を救ってくれたのは、拳銃を持ったシグという男であった。

感想などなど

 九十九神というものをご存じだろうか? 付喪神という漢字で書けば、分かるという方もいるかもしれない。長い時を経た物に宿る神のことである。そこら中に神が宿るとされる日本らしい神だと言えよう。

本作のタイトルにある『九十九』というのは、この九十九神から取られている。その理由は、主人公の少女が傘を依り代とした付喪神で、彼女を助けた拳銃を持った男シグというのも、拳銃を依り代とした九十九神であるからだ。

どうやら世界で生きていた人類というものは滅亡。代わりにそこら中にあった物に、かつて生きていた人の思念が宿り、九十九神として蘇る……そんな世界観であるようだ。人の手入れが行き届かいない廃れた街並みに、人の姿をした人ではない九十九神がいる風景というのは、アンバランスな幻想的美しさを感じさせる。

 

本作における九十九神と、我々人との大きな違いはなにか?

まずどんなに肉体が傷ついても、一晩眠れば全て回復するという体質。食事も必要とはせず、トイレにも行く必要がない。自身の依り代となっている物――主人公の少女は傘、ジグは拳銃――を手放すことができず、常に身に付けた状態になる。どうやら生前に依り代に対する思い出や執念というものがあって、九十九神になったようだ。

ここまででも十分に人とは違うということは分かって貰えただろう。

しかし、一番の違いは『死ぬことができない』ということにある。

つまり九十九神達は不老不死だった。例え死後だとは言え、不老不死の身体になったということを「よかったね」と言う方もいるかもしれない。だが、この作品においては、長い年月を生きている九十九神というのは、片手で数える程度しかいない。残りの者達は、九十九神になってから早々に死を選んだ。

その理由には、生前に抱いた後悔や執念、願いというものが関わってくる。

どうやらそんな執念や願いというものに、九十九神達は強く囚われてしまうようなのだ。

例えば銃を持ったシグは「生きたい」という思いに執着し、結果として今の今まで生き残ってきた。他にもリボンを依り代とした女の子は、「何かが欲しい」という強い欲求に苛まれるものの、自分が生前に何を欲していたのかが分からず苦しんでいた。

大抵の場合、生きていたころの記憶というものはいない。身体はずっと何かを「欲している」が、それが具体的に何を求めているか分からない。欲しいものが手に入らない、もどかしさの中で生きるというのは、一種の地獄ではないだろうか。

この世界における死は、一種の救いなのだ。

不思議な世界観の中で形成された独特な死生観というものが、生き生きと描かれている。いい作品であった。

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