工大生のメモ帳

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【小説】六人の嘘つきな大学生 感想

※ネタバレをしないように書いています。

みんな何かを隠してる

情報

作者:浅倉秋成

試し読み:六人の嘘つきな大学生

ざっくりあらすじ

成長著しいIT企業「スピラリンクス」の最終選考の課題内容は、一ヶ月の間にチームを作り上げてディスカッションをするようにという内容だった。最終選考に残った六名は、内定を獲得するために全員で協力することにするが、直前に選考課題の内容が変わっていて……。

感想などなど

もうどうでもいい過去の話じゃないかと言われれば、そのとおりなのかもしれない。

それでも僕はどうしても「あの事件」に、もう一度、真摯に向き合いたかった。あの嘘みたいに馬鹿馬鹿しかった、だけれどもとんでもなく切実だった、二〇一一年の就職活動で発生した、「あの事件」に。調査の結果をここにまとめる。犯人はわかりきっている。今さら、犯人を追及するつもりはない。

本作は就活という名の嘘つき大会を舞台にしたミステリー作品である。

「就活で嘘をつかなかった」という方はとても恵まれた大学生活を過ごしたのだろうと思う。ちなみにブログ主は(以下略)。嘘をつくには限度があると思うが、自分にとって不利な情報は話さないくらいのことは、きっとみんなしている。

大学を卒業して就活するということは、少なくとも二十数年は生きている。その長い人生の間、何も悪いことをしたことがないという人はいないはずだ。しかし、その悪いことを表に出すことはない。

それぞれが表に出さない裏の顔があって、特には就活では自分をよく見せるために仮面を被る。しかし。もしも、その仮面を剥がすような選考方式があったら、どうなってしまうのだろうか。

成長著しいIT企業「スピラリンクス」の最終選考の課題内容は、残った六人に一ヶ月をかけて準備させるチームディスカッションのはずだった。つまり内容次第では六人全員が内定されるということだ。

就活という場面において、隣で一緒に面接を受ける学生はライバルになる。隣の人が凄まじい経歴を話していると、自分の経歴・能力の低さの自信が失われていくものだ。隣の芝は青く見えるものだし、ライバルより自分が劣っている(事実がどうであれ)と思ってしまえばメンタルは削れていく。

しかし本作における六人は、全員が仲間である。互いに蹴落とし合ったりする必要は無く、むしろ互いの長所を知り仲を深め合うことが大事になってくる。それが就活という嘘つき大会において、どれほど嬉しいことか。

しかし、それらは全てひっくり返る。

最終選考の課題内容が「グループティスカッションを通して六人の中で最も採用されるに相応しい人材を一人決めること」で、その一人だけが採用されることになったのだ。

 

本作の初めの部分は、一ヶ月後に迫ったチームディスカッションに向けて協力し合うため、仲を深めるために定期的に集まっての情報交換や資料整理、それらが一段落すれば飲み会……と大学生らしい仲良しごっこが繰り広げられる。

”仲良しごっこ” と書いているのは、結局、「あの事件」が起きるから。

その "仲良しごっこ" の最中、最終選考の課題内容が「グループティスカッションを通して六人の中で最も採用されるに相応しい人材を一人決めること」に変わったことが連絡される。

一緒に内定されるために頑張っていた六人は、それぞれがライバルになった。六人の中の誰か一人しか採用されないとなると争うしかない。そもそも六人で誰を採用させるか、つまりは誰を落とすかを話し合わせるなんて残酷な選考課題が狂っていると思うが……。

そうして始まった当日の選考において事件が起きた。

選考会場の壁際に置かれていた封筒。その中には、それぞれの名前が書かれた封筒が入っており、それぞれのメンバーの告発文が入っていたのだ。その内容はそれまで一緒に過ごしていた気の良い仲間達の仮面を剥がし、その裏にある顔をまざまざと見せつけられる。

袴田亮は人殺し。高校時代、いじめにより部員「佐藤勇也」を自殺に追い込んでいる。

一発目の告発から随分と重たい内容が来た。告発文と一緒に証拠として、佐藤勇也が自殺した新聞記事が入っており、そこに貼られていた写真には袴田亮が写っていた。飲み会でのお酒を強要するようなノリがあったが、どうにもそのシーンがよぎる。

そこから次々の告発されていく。これこそが本作における事件である。

 

本作はミステリーではあるが、それ以上にエンタメとしての見せ方が上手すぎる。

事件発生から六人の中では「誰が犯人なのか」を特定しようとし始める。その推理の展開も二転三転して面白い。そして誰が採用されるか分かるまでの展開に至るまで、一切の無駄がない。

その演出の方法も、実際にあの場にいたメンバーにインタビューする形式で描かれていく。読み進めていくと当然気になる疑問、「最終的に誰が採用されたのか」「誰が犯人だったのか」という結末の見せ方も最高にオシャレだ。

さらに凄いことに、あの最終選考が終わるまでの物語は、本作における序章に過ぎない。最終選考から数年後、あの事件は終わっていなかったということが分かってから、真犯人捜しをするという展開により、これまでの全てがひっくり返っていく。

前半部はあの場にいたメンバーにインタビューする形式だった。つまりそのインタビューに答えていた人達の中に真犯人がいる可能性が高い。あの最終選考における告発文にて、それぞれのメンバーが被っていた仮面が剥がれたかと思っていた。しかしそれは誤解だった。

常識だと思っていたもの、持っていないつもりだった偏見……それら全てを自覚することになる。ミステリーとしても、エンタメとしても最高に面白い作品だった。