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天才王子の赤字国家再生術 ~そうだ、売国しよう~ (9) 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

隠居したい

情報

作者:鳥羽徹

イラスト:ファルまろ

試し読み:天才王子の赤字国家再生術 9 〜そうだ、売国しよう〜

ざっくりあらすじ

選聖侯アガタからの招待を受け、権力闘争に明け暮れるウルベス連合にやってきた。アガタから国内統一の協力を要請され、その真意はウェインの長期拘束にあると気づき、早期決着のために積極的に連合の政治に干渉していくが――

感想などなど

第九巻は選聖会議での主導権の取り合いが、遠く離れた帝国も巻き込んで行われていた。ウェインとバチバチで正面切って戦うことになると思われていたティグリスがあっさりと殺され、その事件の裏ではレベティア教福音局局長カルドメリアがすべてを操り、それらを全て読み切ったウェインが場を収めるという大立ち回りを見せた。

ロウェルミナ皇女の事前の連絡があったにせよ、その情報を最大限生かしつつ、会議の展開を先読みして布石を打っていたウェインの策略は、見事と言わざるを得ない。個人的に一番に評価したいポイントは、この一連の騒動で誰の格も落ちていないという点だろうか。

グリュエール王は今回の騒動を楽しんでいた。あっさりと殺されてティグリスもただでは死ななかった。ただ静観を決め込んでいたように見えた聖王・シルヴェリオも、その底知れぬ末恐ろしさを見せつけた。黒幕だったカルドメリアも、結局なにも失うことなく楽しんでいたように思う。

振り回されているように見えたアガタも、決して無能という訳ではなかろう。それぞれの選択は最善ではあったし、連合をまとめるだけあって胆力はある。そんなアガタに招待されて、ウルベス連合にやって来たウェイン。

アガタはウェインに何をして欲しいのか?

これが第九巻における本筋である。

 

ウェインに近づいてくる者の多くは、罠に嵌めようとしてくる者がほとんどだった。ロウェルミナ皇女しかり、グリュエール王しかり、ティグリスもしかり……ナトラという赤字国家を立て直して発展させる実力を評価しつつ、それを上回るべく練りに練った作戦で戦いを挑んできた。

協力させるように見せかけ、その裏でナトラを攻めさせる。ナトラを巻き込んで争わせる。権力闘争にウェインを組み込んで、パワーバランスを歪ませる……数々の方法でウェインを利用しようとし、最後には負けていった者達を数多く見てきた。

さて、ウルベス連合のトップ・アガタはウェインをどのように利用するのか?

これまではそれぞれの目的が分かりやすかった。国のトップが考えること=国の利益、ひいては自身の利益に綱がることという式が成り立つ。事実、アガタがウェインを招待して、最初に語ったウェインにやってほしいことは「ウルベス連合の統一のため、南部と西部を分断させるために力を貸してほしい」というものであった。

ここでウルベス連合について簡単に説明しておこう。

ウルベス連合は東西南北に分かれた四つ都市の連合国家であり、十年に一度の調印式で連合の代表を決める。現在、それによって代表に選ばれているのは、東部代表アガタである。

そんな連合の均衡が、今、少しずつ崩れようとしているとアガタは語る。東部は長らく連合の玄関口とされ、多くの品々や人々の出入りすることが価値とされ、大きな力を持っていた。しかし、造船技術の発展により西部が、農耕技術の発展により南部が、それぞれ大きな発展を見せているのだという。

それにより、西部と南部の間で連合の統一の機運が高まっているらしい。力を持ってくると、より大きな目標を持とうとするのは、人としての性なのかもしれない。その連合統一の第一歩として、現在代表の席に座っている東部を失脚させ、西部と南部に有利な人物をつかせようとしているというのだ。

調印式では東西南北、つまり四つの都市の代表が席について話し合いをする。西部と南部が手を組んだ場合、東部が失脚させられることは覆せない。そこで西部と南部が手を組むことがないように分断させるというのがアガタの策だ。

「北部は?」という方もいるかもしれない。北部は残念なことに、代表の席に座るために必要な世襲の条件を満たす一族が、つい二十年ほど前に滅ぼされたため、代表を出すことができないという状況が続いている。

先ほど、『四つの都市の代表が席について』という風に書いたが、それはあくまで規則上の話。実質的には三つの都市の代表が話し合いをしているというのが実情だ。ますます西部と南部を組ませるわけにはいけない、と分かってもらえただろう。

……つまり、アガタが「西部と南部を分断させる協力をしてほしい」という言葉に嘘はないように思う。ウェインが選聖会議で見せた大立ち回りを見て、彼の力を借りたいと考えたアガタの気持ちも良く分かる。

しかし、言葉通りに受け取っていては長生きできないのが政治の世界。言葉の裏にある思惑を読み解き、それらを逆手に取るようなことをしないといけないことは、これまでの経験から読者も学んだことだろう。

ただ第九巻に関しては、最初から最後までアガタが望んだ通りにウェインは動いていたのではないだろうか? 最後まで先の読めない展開と、ウェインの創造の斜め上を行くような策略の数々に翻弄されるのは、アガタ達だけではない。

読者も一緒に巻き込まれていく第九巻であった。

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