工大生のメモ帳

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岸辺露伴は叫ばない 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

岸辺露伴はラノベでも動かない

情報

原作:荒木飛呂彦

作者:維羽祐介、北國バラッド、宮本深礼、吉上亮

試し読み:岸辺露伴は叫ばない 短編小説集

ざっくりあらすじ

『ジョジョの奇妙な冒険』第四部にて登場した天才漫画家・岸辺露伴の日常を描いた短編集。

感想などなど

『ジョジョの奇妙な冒険』を読んだことはあるだろうか。特に四部であれば話が早い。

『ジョジョの奇妙な冒険』、通称ジョジョについて簡単に説明すると、ジョースター家の一族が代々辿ることになる苛烈な戦いの人生を描いた人間賛歌の少年漫画である。一部と二部では波紋という呼吸法であったが、三部からはスタンドという精神エネルギーの具現化した超能力を駆使したバトルになっている。

その第四部『ダイヤモンドは砕けない』では、杜王町と呼ばれる町で起きる連続殺人事件を追うことになるのだが、その過程で出会った――連続殺人鬼との因縁もある漫画家・岸辺露伴のスピンオフ作品が本作である。

この岸辺露伴は本作以外にもスピンオフとして、漫画『岸辺露伴は動かない』やラノベ『岸辺露伴は戯れない』といったように多数出版されている。また、『岸辺露伴は動かない』は実写ドラマ化され好評を博している。

当然のようにブログ主も視聴している。本記事ではそちらの話には触れないが、見ていないという方は視聴をおすすめしたい。

 

『くしゃがら』

ネットに記事を公開している時点で、ある程度内容には気を遣っているつもりだ。ネタバレをしないというブログとしてのコンセプトは勿論だが、本業をうっかり漏らしてしまわないように、また特定に繋がるような個人情報は漏らさないようにしている。

それ以外注意していることといえば、禁止用語について、だろうか。

例えば分かりやすいところでいえば差別用語だろうか。他には災害を想起させるようなワードを多用するのも、人を不快にさせる可能性がある。禁止されるような用語ではないが、政治的な立場をはっきりさせるような言葉も避けた方が無難だ。

というようにほとんど無意識とはいえ、自然と避けている用語や内容というものがある。本ブログは誰に指示されるでもなく、個人で運用している媒体であり、ガイドラインを始めとする執筆のルールは存在しないが、会社運営していてライターを複数抱えている媒体だったりすると、そういったルールをまとめているものなのだろう。

漫画家も例外ではないらしい。岸辺露伴はまだ受け取っていないが、彼の同僚・志士十五の元には、漫画では使っていけない禁止用語をまとめたリストが展開されているらしかった。

そのリストには先ほども述べた通り差別用語といった出版物として避けるべき納得の用語や、〈感電死〉や〈高圧線〉といった最近起きた変死事件への配慮という意味不明な用語も記載されていた。そこまで気を遣いすぎるのも問題な気がするが……まぁ、良い。

問題は〈くしゃがら〉という禁止用語である。

〈くしゃがら〉という単語の意味をご存じという方は、是非ともネット上で大々的に公表して欲しい。きっと何人か救われる人間がでてくるはずだ。この〈くしゃがら〉という言葉……どんなに調べても意味が出てこないのである。

どうして禁止用語に含まれているのか。禁止されるには理由があるはずなのに、そもそも〈くしゃがら〉というワードに意味がないのであれば禁止される理由が存在しないということになる。それなのに禁止されているのはどうしてだ? 分からない。そこに理由を見いだそうとすればするほどに深みへと嵌まっていく。

〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉……くしゃみの言い換え表現だろうか。とある地方ではくしゃみを〈くしゃがら〉という風に記載するのかもしれない。もしくは何か妖怪の類いだろうか。巨大な骸骨である『がしゃどくろ』という妖怪の『がしゃ』という単語っぽい音。クシャというのは何かが潰れる音で、ガラというのは何かが崩れる音かもしれない。クシャ…ガラッ…

何かの熟語の音読みか訓読みを変えたら〈くしゃがら〉になるのかもしれない。夜露四苦をヨロシクと読むみたいに。差別用語を差別用語と悟られないために作られた隠語が、あまりに隠されすぎて意味が消失したのかもしれない。もしくは卑猥な単語か。〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉〈くしゃがら〉って何度も繰り返し言ってたら、変な言葉になったりするのかもしれない。

趣味でブログを書いているに過ぎない人間の推測程度、言葉を生業にしている漫画家二人は調査してしまうのだろう。岸辺露伴と志士十五は、この〈くしゃがら〉の正体を探るべく調査し、予想外の正体に辿り着く。

〈くしゃがら〉について知るのは自己責任ということで。覚悟が出来た方は、本作を読み進めるようにして欲しい。

 

『Blackstar.』

〈スパゲッティ・マン〉という都市伝説をご存じだろうか。

都市伝説というのはネット上で語られて発展を遂げた怪談のようなもので、大抵のものが創作である。ただネット上であるというのがポイントで、真実かどうかを確かめる術がない。もしかしたら本当かもしれないという可能性だけが一人歩きして、設定が盛られて大きくなっていく。

〈スパゲッティ・マン〉もその一種であり創作……かと思われた。しかし岸辺露伴は知っている。こいつは本当に存在するものだ、と。

この短編はホラーというよりはSFという方が近いかもしれない。最初は怖いかもしれないが、岸辺露伴というフィルターを通して怪異を追っていくと、〈スパゲッティ・マン〉という存在のルールや目的というものが気になっていく。

〈スパゲッティ・マン〉について簡単に説明しよう。

写真を撮っていると必ず映り込んでくる身に覚えのない男が現れるのだという。そいつは必ずカメラ目線で、記憶をたぐり寄せても、写真に写っているその場所に男がいた覚えはない。ただそれだけの男なのだが、その写真を撮ってしまった者は数日中に失踪するのだという。

その男の正体を追っている者の痕跡がネットには転がっており、その全員が失踪しているというのだから、ネット上では怪異として話が広がっていった。その男に付いた名前が〈スパゲッティ・マン〉という訳だ。

岸辺露伴もまた、身に覚えのないカメラ目線の男の写真を撮ってしまった。真相に近づくにつれ、はっきりとしていく〈スパゲッティ・マン〉の全体像は、得体の知れない不気味さに包まれている。

正体見たり枯れ尾花……怪異とは正体が分かってしまえば怖くないものだが、正体が分かってしまっても尚、どうしようもない存在に対する畏怖は消えない。そういう物語であった。

 

『血栞塗』

人から好奇心を消そうと思っても消せないもので、特に岸辺露伴はその傾向が強い。〈スパゲッティ・マン〉を追う姿勢はある意味で狂気じみているとも言える。ただその一件は、解決できなければ死ぬという状況だった。

ただ今回は違う。何か最悪なことが起こると分かっていて、その上で彼は好奇心のために事件に巻き込まれたのだ。

そもそも事件に巻き込まれることになったきっかけは、フグを食べて苦しんでいる人を見たいという好奇心であった。……とはいえ人を捕まえてフグを食わせるとか、そんなことはできないため、関連の書籍を集めるために足を運んだ図書館にて、開いてはいけないとされている本――正確にはその本に挟まっている真っ赤な栞を見つけてしまう。

さて、この真っ赤な栞とは何なのか。

この図書館では、この赤い栞を見つけてしまうと不幸になるのだという……ただそれだけの噂が流れていた。岸辺露伴としてはこんな面白そうな話を放っておく訳がない。当初の目的としては、フグ毒に関する書籍を探しているに過ぎなかったが、赤い栞の捜索も行動に組み込まれることとなる。

その好奇心が岸辺露伴を追い込んでいく。赤い栞を ”偶然” にも見つけてしまったとしても、その正体を探ろうとしてはいけない。好奇心は猫をも殺すのだ。

 

『検閲方程式』

今回もまた、岸辺露伴が好奇心に則って行動し死にかける話である。他のスピンオフ作品も似たような感じなので覚えておこう。

ただし、今回岸辺露伴が追っかけることになるものはとある数式の解である。世界には数学者が一生をかけて解き明かせないような問題が転がっており、岸辺露伴にはそのような数学者と肩を並べるような能力は持ち合わせていない。

ちなみにその数式というのは、解き明かすことができれば別次元に移動ができるようになるのだという。我々がいる三次元空間を超越し、もしも四次元空間に行くことができたとすれば、もしかすると時間移動が可能になるかもしれない――そんな、社会構造すら変えかねない命題の解法は分かっている。

『一日八時間作業を行い、三百六十年ほどかければ解ける』らしい。要は時間をかければ誰でも解こうと思えば解けるという訳だ。

岸辺露伴はそんなことしようとは思わない。彼にとっての興味は、その問題を解いてしまった人物がいて(ちなみに解は37である)、その人物が病院のベットで眠っているということの方であった。

世界を変えてしまうようなその命題の解を導いた人間に、この世界はどう見えるのか。岸辺露伴の興味と、読者の興味がシンクロして迎える結末。数学を愛する者であれば、一度は見てみたい世界なのではないだろうか。

 

『オカミサマ』

時は金なりという言葉がある。

時間は金で買えるという訳だが、金を消費したところで過去を変えることはできない。歳を重ねることで皺が深くなった肌を、大金を費やして若々しく保たせることは可能かもしれないが、実際に費やした歳月は戻ってこない。時と時間は等価交換できるという数式は、必ずしも成立しない。

しかし、岸辺露伴が遭遇したオオカミサマはその等価交換を成立させる神のような存在である。そいつに抗った岸辺露伴という男は、実に罪深い。

岸辺露伴は自営業だ。漫画家というのはそういうもので、確定申告や税金のアレコレは自分で整理しているらしい。そこでお世話になっている顧問税理士・坂ノ上誠子に、オオカミサマという存在を聞いた。

彼女曰く、オオカミサマというのを領収書の相手先に記載することで、「お金を払わなくてはならない」という事実を消してくれるらしい。これにより合法的(?)に支払いを消していくことができる。

岸辺露伴は取材という名目で、そのオオカミサマを試しに使ってみた。するとどうだろう、支払いしなくても良いではないか!

ただそんな美味い話には裏があるのだ。みなさんも金については気をつけよう、ただの紙切れと侮って痛い目を見るのは自分なのである。良い教訓を得られる話であった。

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