※ネタバレをしないように書いています。
絶対に忘れない
情報
作者:宇佐楢春
イラスト:かも仮面
試し読み:忘れえぬ魔女の物語【電子特装版】
ざっくりあらすじ
今日を五回繰り返す相沢綾香は、そのすべてを記憶し、同じ失敗は二度と繰り返さない。そんな彼女に初めて友達ができた。そんな魔女の物語。
感想などなど
時間は一方向にしか進まず、過去に戻ることはできない。
そんなことは分かり切っている。ただそれでも、今日一日をやり直したいと思ったことくらいあるのではないだろうか。もう一度やり直せれば、何が起こるか分かっていれば犯したミスは繰り返さない自信があるし、反省を糧にしてよりよい一日にできるであろう。
そんなやり直しを、毎日五回ずつ行っている人物がいた。
何を隠そう、本作の主人公・相沢綾香はそうやって人の五倍の長さの時間を生きていた。その特殊な人生を表現するために、「四月六日A」「四月六日B」……「四月六日E」というような章立てがなされ、それぞれ同じ日でありながら行動によって少しずつ状況が異なる一日が描かれていく。
そんな魔法のような力を使って、相沢綾香は大した勉強もせず(そのように周囲は見える)好成績を取り、試験だって余裕。その他、なんだって上手にこなすことができる。他人の五倍の練習時間に反復練習をこなしているのだから、周囲から見た時間効率はとんでもないことになる。
そういう意味で、周囲からの評価は「天才」の一言に尽きる。
そんな彼女の人生は順風満帆……とは言えなかった。彼女の両親は彼女に対して恐怖心を抱いていたのだ。
まず彼女は失敗をしない。失敗したとしても繰り返した別の日には改善されている。そのため一切の欠点のない完璧な子供が完成する。ここまでは超すごい子であるが、相沢綾香の異様な点はそこではない。
昔、彼女の飼っていたペットが死んだ。繰り返しの一発目の一日は、嘘偽りのない号泣でペットを送り出した。しかし二日目、三日目と繰り返していくうちに流れるべき涙も枯れていく。なにせ彼女にとっては、つい先日に枯れるくらい泣いたのだ。同じ死を何度も目撃すれば、流す涙もなくなっていく。
そんな娘を見て両親は思う。この娘はなんと非常な子供なのだろう、と。
ちなみに繰り返した五日の内、実際に採用される日にちは不明だ。ただこれまでの経験上、相沢綾香にとって採用されてほしくないという日が採用されて次の日が始まることが多いらしい。
他人の見ている世界と、自分が見ている世界は同じなのだろうか。
たとえ「私は一日を五回繰り返している」と言われても、その人の言ったことが真実であると証明する手段がない。なにせその証言に基づけば、繰り返しにより体験したという他の四日間の記憶を、自分は持ち合わせていないからだ。
変な冗談、もしくは夢と切り捨てざるを得ない。そうやって相沢綾香の言葉は信じられることがなく、親にまで見捨てられ、彼女は一人暮らしをすることとなる。友達だっていなくなる。
そうして徐々に一人になっていった彼女も高校生になり、五回繰り返される入学式。そこで初めて友達ができるシーンが、本作の始まりとなっている。その友達の名前は、稲葉未散。
彼女は次の日も、そのまた次の日も友達でいてくれた。こうして不器用な彼女の、慎重な友達付き合いが始まっていく。人の五倍の時間を生きている相沢綾香は、器用な友達付き合いを学ぶ機会がなかった。なぜなら稲葉未散のように、積極的に言葉を投げかけてくれる相手がいなかったのだ。
その不器用さ加減にドギマギしながら、幸せな日常が描かれていき、その絶頂にすべては一気に瓦解していく。
同じ一日を五回繰り返すという風に書いたが、次の日に引きつがれる一日は、相沢綾香の意思とは別に自動的に選ばれる。
例えば。
〇月×日A。相沢綾香の行動により誰かが死んだとする。他のB~Eはその行動を回避し、死なないように動いたとする。しかし、ランダムでAが選択されて次の日が始まった場合、その誰かは死んだものとして時間は進行してしまうのだ。
誰かの死を回避するには、B~Eで死なないようにして、B~Eが選択されることを願うしかない。五分の四、かなりの確率で死なない日が選択される。しかし、だからといって絶対ではない。
同じ日を繰り返し、人の五倍生きた彼女は、ただ願うことしかできない。どうかこの日は選ばれないでくれ、と。そういうときに限って、選ばれたくないものが選ばれるのは神のいたずらなのだろうか。
彼女をあざ笑うかのような展開の連続。それに抗う相沢綾香の足掻き。彼女の最後の選択は、ぜひとも読んで確認して欲しい。