※ネタバレをしないように書いています。
こんどこそ、ちゃんと生きたい
情報
作者:柳野かなた
イラスト:輪くすさが
ざっくりあらすじ
聖騎士になったかと思えば、いつしか領主にまで上り詰めていたウィル。そんな彼が《獣の森》の奥深くに巣くっていた魔族を討伐した際、森の王から「鉄錆の山脈に、黒き災いの火が起こる。火は燃え広がり、あるいは、この地の全てを焼きつくすであろう」という不吉な予言を授かった。
感想などなど
長らく感想を書く生活を送っているが、こういった上下巻構成の作品の感想は頭を悩ませる。ただ感想を書くだけならまだしも、本ブログではネタバレをしないことを掲げているのだ。
上巻におけるネタバレと呼べる範囲はどこか?
正直なところ、この上巻はネタバレと呼べるような箇所が見当たらない。冒頭はメネルと共に、異常が起きているという《獣の森》の奥へと進み、そこにいた魔族をボコボコにした。筋肉と魔法でねじ伏せた。筋肉は全てを解決するということを、この戦闘から――いや、本シリーズを通して学んだ読者も多いことだろう。
そして姿を隠していた森の王と顔見せ。といっても精霊の力をその身に宿すエルフとの混血であるメネルが、森の王と会う権利を得たという方が正確だろうか。ウィルはその付き添いのようなものだ。
そこで森の王は、不吉な予言を残した。
「鉄錆の山脈に、黒き災いの火が起こる。火は燃え広がり、あるいは、この地の全てを焼きつくすであろう」
創作における予言というのは、どうにも曖昧なものが多い。だが、今回の森の王による予言は正確な地名まで出てきている。
《鉄錆の山脈》
この地名の場所が、予言の災いにおける起点となることは間違いない。災いを防ごうとするならば、この地名の場所になにがあるか? なにがあったのか? これから何が置きようとしているのか? それらを知る必要がある。
それらの鍵を握っているのがドワーフという、かつては《鉄錆の山脈》に住んでいた種族であった。ここで重要なのは ”住んでいた” と過去形であるという点だ。お察しの方もいるだろう。
《鉄錆の山脈》はドワーフの住み処だった。しかし今は住んでいない。
ドワーフというのは手先が器用で、鍛冶や土木作業に優れている。武具や罠を作らせれば天下一品だ。そうして作った品々を売るというのは勿論、自分達はそれらを手に取って戦ったりもする。その戦いはブラッドを感心させ、驚嘆させるほどの戦いようなのだという。
そんなドワーフが去らなくてはならないような事態が、過去に《鉄錆の山脈》で起きていたということだ。
さて、そうして住み処を追われたドワーフたちは方々に散り散りとなり、今ではすっかり廃れた民族となってしまった。だが、そんな流れのドワーフたちが、ウィルの治める村々にやって来た。
そんな彼らを受け入れて、仕事と住み処と資金を与えたウィル。その恩義に応えるように、ドワーフたちは働き、ウィルたちに大いなる貢献をしてくれた。そのことに感謝するウィルだが、ドワーフたちからしてみればウィルは恩人のような人だ。
これまで酷い扱いを受けてきたのだろう。最初はそんなウィルの旨い話を疑い、疑いの目を向け、一切信用しようとせず、用意してくれた家屋にも住もうとしなかった彼らが、いつしか忠義を尽くしてくれようになっていく。
そんな彼らに、《鉄錆の山脈》で何が起きたのかを聞いた。そうして語られる昔話は、ドワーフの勇ましさと勇気、そして試練の物語だった。
この第三巻の主題は勇気であろう。
森の王の語った予言で起きることが解き明かされ、それを防ぐことができる者は、この世界でたった一人……ウィルだけだと分かった時、そしてウィルが死んでもおかしくないほど苦難の道のりだと知った時、ウィルは足を踏み出すことができるのか?
かつては引き籠もり、あらゆる物事から逃げてきた彼が、生きたいと願ったこの世界ではどのように立ち振る舞うのか。その勇姿を見届けようではないか。