※ネタバレをしないように書いています。
私は「映画が撮りたい側の人間」だ
情報
作者:たらちねジョン
試し読み:海が走るエンドロール 1
ざっくりあらすじ
夫と死別して数十年ぶりに映画館に足を運んだうみ子は、そこで映像専攻の海と出会う。自分が「映画が撮りたい側」の人間だと気付いた彼女は、65歳にして映画の世界に飛び込むことに決めた。
感想などなど
自分は映画が好きだ。映像の世界に酔いしれ、言葉に耳を傾ける時間が好きだ。知らない世界が目の前で展開されていく流れに身を委ねることが好きだ。
映画館にだって足を運んで見に行くし、その度にパンフレットを買うことが習慣になっている。本ブログには映画の感想記事も上げている。映画に対する愛を語れというならば語ろう。
さて、本作の主人公である65歳のうみ子さんは、どうやら映画に対して特別な感情を抱いている "らしい"。
”らしい” というのは、彼女自身、自分が映画に対して抱いている感情を理解できていなかったから。第一話、あまり会話したくない人から逃げるように映画館に逃げ込んだことで、数十年ぶりに映画館で映画を見ることとなった。つまりは見たくて映画を見た訳ではない。あくまで偶然だ。
そこで映像専攻の海という少年と出会う。映画館で出会うというのも変な感じだ。自分は何度も映画館に行って、ガラガラのスクリーンも、パンパンに詰まったスクリーンも経験しているが、隣の人、後ろの人の顔なんて見たことがない。
しかし、うみ子さんは周りの人を見ていた。映画が上映されている最中、後ろの席に目を向けて、そこにいた海と目が合う。映画よりも映画を見ている人が気になる人同士でしか起こりえないシチュエーションで、これは運命だったのでは無いかと思う。
そこで――当然、映画が終わった後だが――うみ子さんは、彼に声をかける。壊れたビデオデッキを修理して欲しいという下手なナンパで家に誘い出し、一緒に映画を見る。古い映画だ。なにせビデオデッキで見る映画なのだから。
別れ際の海の言葉が、この漫画の全てを示しているように思う。
うみ子さんさぁ
映画が撮りたい側の人間なんじゃないの?
ここから紆余曲折あって、うみ子さんは大学の映像学科に入ることになるのだが、その間、迷っているようで迷っていなかったように思う。自分が映画を撮りたい側の人間であるということは、疑いようもなかった。その情熱を止めることはできず、娘からの後押しもあって入学することに決めた。
唯一、大学側が受け入れられるかという問題があったが、それも認められた。彼女は映画を撮りたいという目標のために齢65歳で行動を開始し、大学生となった。
そんな彼女のキャンパスライフについて感想を語っていきたい。
映像作品を作るということへのハードルは高いと勝手に思っていた。
無論、映画館で上映されているような作品は、エンドロールにたくさんの人が出てきて、それぞれの役割があって、膨大な時間と失敗を積み重ねて作られたのだろうと思う。
しかし今や一人に一台スマホの時代。映像を撮ることへのハードルは低く、それを作品として昇華することは誰にだってできる。そのことをブログ主は知った。映像の技術的な話や、それぞれの役割や歴史といった学びを経た後で無いと作品を作ることはできないという勝手な偏見はいらない感情だった。
という訳で、うみ子さんが最初に作った作品は、自分の日常を――例えば料理を作っているところなど――切り取ったVLOGのようなものだった。それをギャラリーで上映し(海が無理やり上映した形だが)、観客が登場したことで一つの作品としての形をなした。
自分が作ったその作品を、いや、そもそも映像学科に入ったことを、うみ子さんは下記のように語っている。
老後の趣味のようなもの
と。
果たしてそれは真実だろうか。弱ってきた身体を引き摺って、大学に入るために面接だって受けて、そこで語った「映画が撮りたい」は老後の趣味という言葉で片付けていいものなのだろうか?
本気で何かに打ち込むことへの覚悟が、海とのやり取りを通じて形をなしてくる。本気でやっている者にとって、「遊び」や「趣味」という言葉は逃げなのではないだろうか。読者にとっても、漠然としていたうみ子さんの本気が徐々に形になっていく。
その本気が、第一巻ラストの台詞なのだと思う。
何かを作りたいという衝動は、とても強い感情であるようで、同時にとても脆いように思った。何かを生み出そうとすることで消費されるエネルギーは凄まじく、それでいて、自分の中にある作りたいものを、世界に出そうと思っても様々な要因で作れないことだってある。
うみ子さんの場合、年齢がその要因の一つだった。
作品を作れないにしても、作っても世に出せないにしていも、それぞれの言い訳として年齢が出せる。身体が重い、体力がない、目が悪い、若いエネルギッシュな力に押されてしまう……そんな言い訳を、この第一巻では丁寧に潰していった。
歳をとっても大学に入れる。歳をとっても大学生に交じって撮影ができる。歳をとっても撮りたい衝動は消えない。言い訳をして何かを諦めた者の心を刺してくる漫画だった。
印象に残る第一巻だった。
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