※ネタバレをしないように書いています。
私は「映画が撮りたい側の人間」だ
情報
作者:たらちねジョン
試し読み:海が走るエンドロール 2
ざっくりあらすじ
海を主役に映画を撮ることに決めたうみ子。しかし映画を撮るためにすべきことはあまりに多く、そのためにたくさんの経験を積もうと決めた。
感想などなど
私はあなたで映画を撮るわ
自分の中で映画を撮らない言い訳を丁寧に潰して、潰して、潰してを繰り返し、最後に自分が撮りたい映画を明確に決めた。うみ子さんと海は、「作る人と作らない人」の境界線について話し、それは「船を出すかどうか」とうみ子さんは答えた。
自分の目の前に海があることに気付いて、そこに漕ぎ出すかどうか。その船はクルーザーかもしれないし、ボートかもしれないし、それはとにかく様々であるが、とにかく「船を出す」と決意を固めるかどうか。
とにかく、うみ子さんは海があることに気付いて、そこに船を出すことを決めた。そのための大学進学であり、そのための会話であり、そのための積み重ねの一歩が第二巻へと続いていく。
第二巻では作った作品の講評から始まっていく。第一巻で描かれたグループで共同で作成し、その監督がうみ子さんだ。海によって勝手に上映されたVLOGとは違う、明確な意思を持って作った作品に対する第一声は下記だ。
若い子ってこんな喋り方するかなぁ
うみ子さんは65歳というそこそこのお年を召している。彼女が普通に自分の会話を脚本に落とし込めば、それはお年寄りのものになる。これは仕方のないことだ。なにせ彼女は若者の会話を知らない。
自分が撮りたいビジョンと観客が観るビジョンに差はどうしたって生じる。この差を縮めるには、経験値と客観性でバランスをとるしかないが、現状のうみ子さんには出来ていない。
講師曰く、うみ子さんに足りないのは「経験値」であるようだ。この言葉を胸に刻み、何でも挑戦してキャンパスライフを謳歌することにした。65歳のキャンパスライフの感想を語っていきたい。
うみ子さんのキャンパスワイフらしい事始めは、飲み会コンパであった。
大学新入生だと年齢的に酒を飲めるかの確認が必要になるが、うみ子さんの場合は不要である。安心。しかし、彼女が抱く大学生の飲み会に対するイメージは、一気飲みであるらしい。まぁ、一気飲みでのアレコレは散々ニュースになったし……若者への悪いイメージの定着が垣間見える。
そんなコンパにおいて、65歳で経験できるとは思えない経験をすることとなる。女子大生からの嫉妬である。うみ子さんに嫉妬する酔っ払い女子大生の名前は山口稿。
ウツミ先輩と映画館で会ったんですよね
ウツミ先輩というのは海君のことで、濱内海というフルネームの内海の部分が名字に見えてウツミと読めるから、みんなウツミと呼ぶらしい。彼女は海君というように下の名前で呼んでいない辺り、二人の関係性は伺える。友人かどうか怪しい……くらいなのだろう、と。
そんな彼女は、海先輩とうみ子先輩の関係性を疑っているらしい。
思い返してみれば映画館で目が合って、言葉を交わして、家に連れ込んだ(?)うみ子さんは相当なプレイボーイ(?)だった……これも年の功がなせる技なのか。さらに、この関係性を海君自身が心地よく思っているように見える。
山口さんは、そんな二人の関係性に嫉妬しているように思えた。その嫉妬の根拠はあながち的外れではないように個人的には思う。自分が気になっている先輩が、自分の同期に駆け寄っていく姿を何度か見かけたのかもしれない。二人の出会いでもある「映画館で言葉を交わしたくらいのことで、大学に進学を決めた」というエピソードを、いまいち信じられないという彼女の気持ちも分かる。
そんな精神状態で、歌って踊るクラブに行った面々。そこでバイトとして働いている海に遭遇。相変わらず、海君はうみ子さんに声をかけて、講評がどうだったかを質問する。
そんな二人を見てなのだろうか……山口さんは行動した。酔った彼女は何を話しているのかと二人に突撃、しかし呂律が回っていない。そのまま嘔吐。彼女を介抱するために、海君はトイレに担いでいく。
そんな弱り切った彼女は、そのままの勢いで「好きです」と告白をした。
それに対する海君の表情も、言葉も冷め切っていた。
そういう気持ちわかんない
と。
うみ子さんはそんな彼に恋愛感情について理解してもらおうとする……いや、この言葉は正確ではない。彼は自分が恋愛について理解できないと決めつけている節がある。その牙城をどうにか崩そうと、恋愛映画について理解できないと一刀両断する彼を連れて恋愛映画を観に行くこととなった。
その恋愛映画は絶対泣けると話題の作品で、うみ子さんは実際に号泣していた。その隣で冷めている海君の表情が面白い。彼の総評は「メジャー作品って感じでした」という一言だった。
ちなみに感想をひたすらに書き続けてきたブログ主にとって、この一言で作品の感想を語る人間は嫌いである。自分の感想を他者の評価に委ねている感じがして、マイナー作品しか自分の言葉で語る価値がないと上から目線な感じがして。しかし、こういう人間は珍しくない。
そんな珍しくない一言感想で済ませる人間・海君の言い訳はこちら。
自分が理解できないものを否定するのって逃げだと思うんです
恐怖からの防衛本能かもしれないですけど
それさっき自分でやってたなって
ん? 雲行きが怪しくなる。
理解できないからどうでもいいとか
恋愛映画ってくくって否定してる時点で
死ぬほどダサいなって思いました
すみません
実はメジャーとかマイナーとか分けることに対し、うみ子さんも苦言を呈していたのだ。自分から海君に対する評価が地に落ちかけてきたところで、うみ子さんからの苦言と彼自身の気づきと謝罪のコンボによって、自分から海君への評価も上がってしまった。
私もチョロい男である。
この第二巻では海君の深掘りがかなりなされていく。そもそも映画に向き合うことになったきっかけや、そのために彼がした覚悟の話、その覚悟がうみ子さんとの出会いをきっかけで強固になっていく。
うみ子さんの行動や言葉は、彼女の意図以上に周囲に影響を与えて盛り上げていく。もしかして監督という人間に必要な素質なのではと、ちょっとだけ思う。瓦解しかけた夢や関係性が自然な形で修復されていく。
その経験が映画にいかされて、そうして作り上げられる映画を、自分も観たいと思う。ゆっくりとだが確実に前に進んでいることが分かる第二巻だった。
