工大生のメモ帳

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海のカナリア 感想

【前:な し】【第一巻】【次:な し】
作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

関係が、少しだけ変わる日

情報

作者:入間人間

イラスト:つくぐ

試し読み:海のカナリア

ざっくりあらすじ

近所に住んでいる小学五年生の少女・城ヶ崎は、朝から鯨を見に行こうと誘ってくる。そのままの足で水族館へと行き……と色々と振り回してくる。その日常の後、目が覚めると、僕は海野幸になっている。

感想などなど

この作品のジャンルは恋愛であるらしい。

その意味は、最後まで読んで反復して、ようやく腑に落ちた。この作品で描かれている主題は恋愛である、と。途中まで読んで一回辞めて、ある程度の時間が経ってから読み始めたことが、理解が遅れた一因かもしれない。

これから読み始める人は、時間を空けずに読むことをお勧めしたい。

そのような注意喚起を書いたのには、この作品の構成が特殊なことに由来する。

まず冒頭は城ヶ崎という少女が、全世界を破壊するために大暴れするシーンから始まり、そこに至るまでの経緯が回想という形で語られていく。つまり冒頭が終幕、結末は決まっている。

世界は最後に終わるのだ。

ただ二巻以降の物語も書こうと思えば書ける。そういう風な終焉ではあるのだが、二巻以降は出たとしても読まないと思う。といいつつ二巻が出たら買うのだろうと思うが、「読みたくねぇなぁ」というイヤイヤな気持ちになることが予想できる。

この作品はそういう物語だ。

 

回想シーンを読む限り、城ヶ崎という少女は行動力の有り余った小学生だ。この娘が世界を滅ぼすのだろうか、そもそもそういう力を持ち合わせているのだろうか……という疑問はかなり早い段階で解決する。

朝、主人公の男子高校生は、城ヶ崎に連れられた海へとやって来た。どうやら鯨の死体が流れ着いていて、それを見に来たらしい。ついでに砂浜で城を作り、そのままの勢いでボートに乗って沖へと繰り出した。そして異臭を放つ鯨の死体を、城ヶ崎君は取り込んだ。

……?

鯨の死体はたしかに消えたし、城ヶ崎君の言葉を信用するならば、小学五年生の少女が鯨を体内に取り込んでしまったのだろう。彼女が人であるかの問いに、人であると答えられる自信はない。

いつものことなのかもしれないが、その不可思議現象を受け入れた主人公は、彼女と一緒に水族館に鯨を見に行く。ただ水族館に鯨はいない。当たり前である。鯨を水槽で泳がせる技術はない。

独特な空気感で穏やかな日常は進んでいく。世界が終わる兆しは見えないし、言ってしまえば面白みがない。城ヶ崎君の言動や、入間人間の独特な文体がなければ読み進めることはなかっただろう。

ただブログ主は、この辺りで一度読むことを辞めている。かなーり序盤なのだが、面白くなるのはもう少し後。世界の真実が明るみになり始めることで物語は面白くなってくるのだ。

面白くなり始める少し前。主人公は目を覚ますと女子高生になっていた。いわゆる『君の名は。』という奴だ(作中でもこのネタは使われている)。男子高校生と女子高生の中身が入れ替わり、そのまま生活をする。

この入れ替わりは比較的頻繁に行われ、主人公は海野幸として生活し、友達と会話する。冒頭で世界の終わりを目撃している読者は、この辺りで大いに混乱させられることとなる。城ヶ崎が世界を滅ぼすという確定した未来に、この海野幸がどのように関わってくるのか。

この入れ替わり現象の意味とは何なのか。

そこから世界の真実が少しずつ明るみにされていく。ここからが面白い。

 

世界の真実を好き放題に語りたいところだが、まぁ、待て。

幸い、この作品に関してはネタバレがほとんどネットに転がっていない。素晴らしいことである。期待値を上げすぎると肩透かしを食らうかもしれないし、勘の良い者ならば察しが付くようなネタだ。

この作品の面白さ、その根幹を担っているのは世界の真実ではなく、その真実の裏にある恋愛である。何故、城ヶ崎君は世界を滅ぼすことになるのか。主人公の役割とは何なのか。

世界観に浸りつつ、二人の関係性に夢想を広げていく……それが本作の正しい楽しみ方ではないだろうか。

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