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涼宮ハルヒの驚愕(後) 感想

【前:第十巻】【第一巻】【次:第十二巻】
作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

語り継がれる伝説

情報

作者:谷川流

イラスト:いとうのいぢ

試し読み:涼宮ハルヒの驚愕 (後)

ざっくりあらすじ

涼宮ハルヒの課した試練を乗り越えて、SOS団に入団を果たした渡橘ヤスミは、何かとキョンに絡んでくる。佐々木を新たな神にしようと画策する未来人、宇宙人、超能力者集団から呼び出しを受ける。分裂したキョン、それぞれの運命やいかに――。

感想などなど

涼宮ハルヒの分裂、驚愕(前)、驚愕(後)の三部作となっており、長らく謎ばかり散りばめられた物語も、ここに来てようやく完結に至る。佐々木という新キャラが登場し、そのキャラクターに強く惹かれた読者も多くいたことだろう。

男性と話す時は一人称が「僕」となり、キョンとは中学時代からの親友なのだという。しかしながら高校生になって一年間は一度も連絡を取り合わなかったのだから、キョンを一発ぶん殴ってやりたい。

中学時代から頭は良かったようで、高校は県内でも有数の進学校に通っている。そんな彼女と同じ塾に通い、行き帰りはキョンが自転車で送り迎えしていたくらいなのだから、その仲の良さが窺える。

しかし、佐々木自身は恋愛感情を一種の精神病と語っていた。この辺り、ハルヒと似たような空気を感じる。それを証明するかの如く、佐々木にはハルヒと同じような能力があり、閉鎖空間を作り出すことが判明した前巻。

ただその閉鎖空間の様子は、薄暗く、神人が闊歩し、心の荒みと比例して数を増やしていたハルヒの閉鎖空間とは大きく異なる。まず佐々木のそれは明るく、神人は歩き回っていない。佐々木自身がその閉鎖空間を知覚し、何も問題が起きていないことも大きな違いと言えるだろう。

ハルヒと同じような情報改変能力を持ち合わせていながら、この世界に対して何も変化を与えようとしていない。ハルヒの暴虐武人ぶりとは対局にいると言って良い。

そんな佐々木こそ、力を持つにふさわしい……ハルヒの起こしてきた問題の数々を考えると、その方が良いのかもしれない。キョンが首を縦に振れば、そんな希望も叶うのだという。

だがキョンは首を縦には振らなかった。

 

三部作の最後に相応しい伏線回収のオンパレードとなっており、あらすじを語ること=これまでの二作の大いなるネタバレになるといっていい。これまでの物語における謎といえば――。

αとβでそれぞれに分離して描かれる物語。

――これであろう。分裂から驚愕が出てくるまで時間が空いたらしいので、リアルタイムで追っかけていた人は、続きが出ることを願っていたことが想像できる。

αとβの分岐は、「涼宮ハルヒの分裂」において『渡橘ヤスミから電話が来たキョン』をα、『佐々木から電話が来たキョン』をβとしたの二つの物語に分岐し、それぞれ展開が大きく異なっていく。

例えば。

αでは渡橘ヤスミがSOS団の入団試験に合格し、唯一の後輩として入団を果たした。見事にハルヒ好みの子であり、SOS団に入るべくして入ったといった感じとなっている。一方、βでは彼女が現れることなく新たな団員はゼロと相成った。

βではキョンは佐々木を神としようとする未来人・藤原、宇宙人・九曜、超能力者・橘京子という個性豊かな面々に絡まれる。αではそのようなことはなく、どちらかといえばヤスミの対処と謎を追うような展開となっており、それらが交互に描かれることで謎は深まっていく。

それぞれ同じ時間軸でありながら、展開が大きく異なる。それらが繋がっていく展開は、SFチックであり、ミステリチックであり、言うならば涼宮ハルヒチックとでも呼ぶべき不思議な物語が始まっていく。

時間軸も、世界線も、あらゆる聞いたことがあるSFワードが飛び交い、それらが上手い形でまとまっていく。それが涼宮ハルヒという作品の最大の魅力なのではないだろうか。

 

この巻を読み終えて、佐々木というキャラクターがここで捨て置かれるのはもったいないと思った。もう時代は次世代へと移り変わりつつあるなか、本シリーズがアニメ化されることもないという諦めを抱きつつある。

それでもアニメで動く彼女が、声が当てられた彼女が見たいと思うのは贅沢だろうか。佐々木という人間が最後に語るエピローグのようなものが、ブログ主はたまらなく好きで、それをアニメの最終話で見たいと思うことは間違っているだろうか(アニメだとどう頑張っても微妙そうだな……)。

最後の二人の語りは、色々と解釈が分かれる部分だろう。ある種の告白とも取れるし、キョンが振られたと捉える人もいるかもしれない。ただブログ主としては、この騒動を経て、二人は親友になれたという風に解釈した。

佐々木は賢い。キョンとハルヒの関係性を理解し、自分がハルヒの能力を引き継いだとしても代わりになれないということを分かっている。佐々木のありのままを受け入れ、普通に接してくれた唯一の存在・キョンが、徐々に唯一の存在ではなくなっていく。大人になって、いずれ互いに忘れていくかもしれないという意味で。なにせ高校に入学してからというもの、一度も連絡をとりあわなかったのだから。

今回の騒動がなければ、二人が連絡を取り合うこともなかっただろう。ただ過去の想い出となって消えるか、二人が互いに親友と呼び合う関係が続いていくかの分水嶺だったように思えてならない。

三部作、読んで損はしない名作であった。

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