※ネタバレをしないように書いています。
あなたは私の娘でしょ?
情報
監督・脚本:中野量太
主演:宮沢りえ
ざっくりあらすじ
夫の一浩と共に銭湯を経営していた双葉だったが、夫の失踪によりその銭湯を閉めて、パン屋でバイトしながら一人で家計を支えていた。そんな中、彼女の末期ガンが発覚して、二~三ヶ月の余命しかないことを知ってしまう。
感想などなど
自分が死んだ後の世界がどうなるか、想像したことはあるだろうか。
今、働いている会社は、もしも自分がいなくなったとしても回るだろう。両親も悲しむだろうが、自分は一人暮らししているのでその後の彼らの生活の心配はあまりしていない。結局のところ、自分がいなくなったところで社会は回る。
悲しいことかもしれないが、少なくとも自分の周りはそうだ、と勝手に思っている。きっと自分の余命が分かったならば、「自分がしたいこと」だけをして死を待つのだろう。
しかし、宮沢りえ演じる双葉の環境はそうではなかった。末期ガンを告げられて、三ヶ月しか生きられないと告げられた時、彼女が考えたことは「自分がしたいこと」ではなくて、「周りのみんなが自分がいなくなっても困らないように」ということだった。
この想いであり、彼女の生き様は死の瞬間まで一貫している。その姿勢に美しさを感じ感動させられる。
その優しさという名の "愛" は、家族だけに向けられるものではないことは、映画を見ていくと分かる。いつしか彼女の心の深さ、広さ、暖かさは映画のストーリーが進むごとに見ている私達の心すら解きほぐしていく。
そんな彼女の生き様の一端を、感想として書き残しておきたい。
余命三ヶ月と言い渡された彼女は、その直後は塞ぎ込んでいたものの、すぐに覚悟を決めて、周囲の人達が抱える様々な問題を解決していく。
周囲から見ても分かる彼女が抱えている問題の一つが、失踪した夫の一件だった。「一時間だけパチンコしてくる」とだけ言って消えてしまったダメ男によって、家計を支えていただろう銭湯は閉めざるを得なくなり、金を稼ぐためにパン屋で働きながら、娘の世話をしていた。
だからこそ体調に違和感を覚えても三ヶ月ほど放置していて手遅れになったのだろうし、ストレスによってガンが悪化した要因である可能性も否定できない。そんな父親の問題を解決に動き出す。
まず、彼女がしたことといえば探偵に依頼して彼の居場所を特定すること。そしてそこへ突撃し、一年ぶりの再会。からの頭蓋へ一撃。そしてしっとりと自分の現状を語った。そこから先、二人の間にどのような会話がなされたかは描かれていないが、ここからの父親として、彼の覚悟は決まったように思う。
一度は逃げた銭湯での仕事と向き合って再会した。周囲の大人達には散々攻められたし、娘も決して良い顔はしなかったけれど、それでも余命幾ばくの妻の言葉に背中を押されたのだ。
そんな重大そうな父親の問題以外にも、彼女が解決したい問題があった。
それは娘・安澄の虐め問題である。制服が絵の具で汚されたり、盗まれたり、陰湿な虐めがされていたが学校の教師は何もしていない。この問題は根深く、そう簡単には解決しないかに思えた。
しかし、双葉は安澄に教え込む。「立ち向かうように」と。この虐めに負けてしまえば、今後も負け続けることになってしまう。学校に通えなくなってしまう。それは自分が死んでしまった時、安澄にとっての不幸だ。
安澄が振り絞った勇気は、これから先の彼女にとって一生涯の財産になる。母親の双葉に似て、安澄もまた強い女性なのだ。
この映画全編を通して、双葉という母親の強さと、家族との強い絆が描かれていく。最初は頼りないと思っていた娘も父親も、母親ですら、その強さに惚れ込んでしまうくらいにかっこ良く描かれている。
強さの描き方はたくさんあるが、この映画における双葉の強さは、変えられていく周囲の人間の変化を写すことで描いている。それは簡単にできることではない。もう限界な身体を引き摺って、娘のために身体を張るシーン。絶対に弱音を見せまいとするシーン。序盤で描かれていた些細なシーンが後に繋がって、「その頃から娘のことを考えていたんだ」と気付かされる構成。それら全てが双葉の強さを際立たせる。
末期ガンが進行するに連れて弱っていく双葉。それと一緒に家族全員が滅入ってしまってもおかしくない状況で、家族は強く生きていく……ただそれだけのシーンが、双葉の強さによって作り出されていると気付く。これ以上に強さを魅力的に描き出せる手法はないのではないだろうか。
この映画の結末は『母親の死』が確定していて、そこに奇跡などが起きて生き残ろなどということもない。それでもそこに悲痛さはないのだ。それはどうしてだろうか。きっと彼女が死んで、遺されていった者達の未来が決して暗くはないからだと思う。
彼女の願いが、遺されていった家族達の幸せで、その願いは叶うという確信があるからだと思う。今の現代社会で望まれる死、そんな映画のように個人的に思う。