工大生のメモ帳

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犬と魔法のファンタジー 感想

作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

剣と魔法

情報

作者:田中ロミオ

イラスト:えびら

ざっくりあらすじ

チタン骨砕は就活で苦しんでいた。黒い鎧に身を包み、面接官に向かって学生時代に頑張ったことを告げるも、お祈り書簡は留まるところを知らず。同学年の仲間達は次々に就職先を決めたりする最中、一人取り残されていくのであった。

感想などなど

皆さん、就活の経験はあるだろうか。

かくいうブログ主は就活を経て、無事に就職することができた人間の一人だ。今となっては思い出として語れるが、当時は毎日のようにやってくるエントリーシートの締め切りに苦しんでいたものだ。

ガクチカ(学生時代に力を入れていたこと)や、自身の長所と短所を自己分析するという苦しみは今でも覚えている。やけにサークル長やバイトリーダーが増え、カンボジアに学校を建てたがる学生が跋扈する嘘つき大会の幕開けである。

 

さて、本作でも就活をする様子というものが描かれる。しかし、状況が少しばかり違う。冒頭は王様と謁見するかのような舞台に、これから戦いへと赴かんと言わんばかりの鎧装備に身を包んだ三人が登場する。

一見すると、ファンタジー世界において、これから壮大な物語が始まってもおかしくないシーンではあるが、これは全てただの面接の舞台である。それぞれが大学名や所属、名前を名乗ったかと思えば、面接官からの質問が始まり、「美点だと思う点を答えよ」「それらを生かして問題を解決したことがあるか」「加入を希望する理由」など就活ではありがちな質問がなされていく。

現代で受けていた面接のシーンを、そのままファンタジー世界へと移行させると、きっとこんな感じである。そして世界観というのも、日本の状況をそのままファンタジーに移行させたかのような内容になっている。

 

主人公であるチタンは二メートルの巨漢を持った人間である。わざわざ人間と表記したのには一応理由がある。先ほど『日本の状況をそのままファンタジーに移行させたかのような内容』と書いたように、設定としてエルフやドワーフといった人外の種族が多く登場するためだ。

むしろ文面上では人間よりもそういった種族の方が占めている割合が多い気がする。冒頭の面接にて失敗し、フラフラになりながら向かった居酒屋の席で、チタンを待っていた友人二人は黒エルフとドワーフであり、共に人間ではない。

世界を形作る制度というのも、そういった多種族いる状況に合わせて変容を遂げている。人間よりも遙かに寿命の長いエルフの場合、人間ならば四年程度で卒業してしまう時間を、数十年……いや場合によってはもっとかける場合が多い。他の長命な種族も同様である。

一般的に美人が多いとされるエルフの女性は、アイドルとして画面を華やかにしていた。整形もないこともないのだろうが、魔法を使って容姿やら何やらをごまかす術というのも存在しているらしい。彼女達がそれを使っているかどうかは、画面上からは少なくとも分からない。

ネットという概念は魔法で再現され、ラインは良縁という当て字で存在している。どうやら便利な道具は大抵魔道具という魔法で作られた道具ということになるらしい。

魔法というのは便利なものだ。しかし、それは我々が今利用している電気も同じだ。共に生活を便利にするものであることに変わりない。それらは全て使うもの次第であり、魔法を駆使して便利なものを作るにしても、作るという能力は欠かせない。

作ったものは売らなければいけない。貨幣経済になるという未来は、例え魔法があったとしても変わらないのだろう。売れるためには新規開拓と既存客を大事にするという大大大の大前提は、やはり普遍の規則なのかもしれない。

そう、つまりは魔法があろうとなかろうと、世界を動かしているのは金であるという事実は覆っておらず、就活で苦しむ学生は一定数存在し続けることになるのだ。

……なんとなく本作の世界観や設定というものが分かって貰えたのではないだろうか。

 

就活で苦しむチタンではあったが、彼には一つ大きな才能があった。本人は必死に否定したがるだろうが、残念ながら、他者からしてみれば明確な彼の長所であると言わざるを得ない。

それは『冒険者』としての才だ。

冒険者というのは、過酷な環境へと足を運び調査などを行う者のことを指す。それは例えば深い霧に包まれた山奥であったり、地獄の釜の底のような大穴であったりと、現代でも開発が進みきっていない場所へと赴く。現代で言うところの探検という言葉の方がニュアンスが似ているかもしれない。

チタンの通う大学の組合では、毎年学生を集めて冒険へと向かっていた。学生ということで、いきなり過酷な環境ということはなく、踏破されつくした比較的安全な場所に限られるが。それでも大荷物を背負って歩くし、ふざけていれば死ぬ可能性もゼロではない。

そんな冒険に好き好んで行く輩はいなかった。そんな冒険にチタンが半ば無理矢理連れて行かれることになる。時系列としては就活よりもずっと前のことである。向かった先は地面にぽっかりと空いた大穴。数千メートルも下って、底にあるマグマを見て戻ってくるという内容であった。

その冒険は簡単に終わるはずであった。しかし、冒険には予想外の事態というものは付きもので、なんと何人もの死者を出す大事件となってしまった。自然の驚異が牙を向き、学生達は右往左往して逃げ惑うしかない。ただ一人、チタンを除いて。

チタンだけが仲間達を担いで崖を登るという荒技を行った。リーダーの指示を聞いて行動できるだけの冷静さがあった。持っていた荷物を全て捨てるという行為も迷いなく行えた。彼がいなければ、被害はさらに甚大になっていたことだろう。

そんな地獄から抜け出していく最中、チタンは一匹の犬を拾う。

この犬が作中で重要な意味を持つことになるが、それは最後まで見なければ分からない。

 

 

人は虚勢を張ってしまうことがある。ブログ主だって胸に手を当てれば、思い当たることがいくつかある。皆だってそうだろう? なければ、その調子で突っ走ってくれ。

その虚勢は何を求めての行動だったか。

本作では虚勢を張って、本当の自分を隠して生きている人が、何人も登場する。チタンもその一人だ。

この物語はチタンがその虚勢を破るまでの物語という表現がしっくりくる。不器用ながらに自分の思いを吐露し、やりたいことに気がついたシーンというのは、心にぐっと来るものがある。

ふと読み返したくなる、妙に印象に残ってしまう作品であった。

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