工大生のメモ帳

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【小説】砂の女 感想

※ネタバレをしないように書いています。

砂から逃げる喜び

情報

作者:安部工房

試し読み:砂の女

ざっくりあらすじ

砂丘に虫を捕りに来た男は、一晩だけ村の家に泊めてもらうことにした。しかし目を覚ますと砂の穴の中に囚われていた。逃げ出そうとあらゆる策を講じるも、泊めてくれた家の主である女性や村人達に妨害されて……。

感想などなど

八月のある日、男が一人、行方不明になった。休暇を利用して、汽車で半日ばかりの海岸に出掛けたきり、消息をたってしまったのだ。捜索願も、新聞広告も、すべて無駄におわった。

本書の冒頭は上記のように、とある男の結末が示されて始まる。どうやら失踪してしまったらしいということ、待っている家族がいたという事実を踏まえ、一人の男が砂に囚われていく過程を読んでいくことになる。

結末が冒頭に描かれている作品、特にバッドエンドが確定している物語を読み進めていると、「どうせバッドエンドだしな……」という気持ちで読み進めることになってしまう。それで物語を読み進めるテンションを保ち続けられるのだろうか。

しかし少なくともブログ主は、結末を知っているからという理由で、読むモチベーションが下がることはなかった。

理由は砂の穴に囚われたという奇怪な状況。しかも、ただの砂の穴ではない。家がそもそも砂の穴の中にあるのだ。今晩泊めて貰えるということで、ハシゴを使って穴を下りた。朝起きて、帰ろうとするもハシゴがない。

最初はただのミスかと思う。もしくはドッキリかと。しかし村人達や女性達の様子から、彼らは故意でハシゴを外していることが分かる。

この状況が、ただの恐怖とはまた違う奇妙な空気を醸し出している。

砂の穴なんてすぐ逃げられると思うかもしれないが、掴もうとしても掴み所の無い砂の壁は、出口がすぐ見えるところにある分、絶望感は徐々に襲ってくる。この村の気候によるものなのだろうが、油断するとすぐに砂が積もってしまうらしく、眠っている間にも身体に砂が積もっており、心が休まる余裕は一切無い。

さらに奇妙なのは、女性も一緒に閉じ込められているということだ。しかも裸。

睡眠中は、とかく汗をかきやすいものだ。その睡眠を、日中、しかも焼き付けるような砂の壺のなかですごさなければならないとしたら、裸になるのが、むしろ当然なのではあるまい。もし自分が、同じ条件におかれたとしても、やはり出来れば裸をえらぶにちがいない……

その村は気候の影響で、砂が一日中降ってくるような場所だったのだ。

 

砂が一日中降ってくるからには、砂をかきださなければ家も潰れてしまう。それを防ぐために砂を掻き出す毎日を過ごしていた。彼を閉じ込めた家の女性は、一人でそれらをこなすことが難しく、それを支えるための労働力として彼は囚われたのだ。

理屈は理解できた。しかし疑問は浮かぶ。それらは主人公が女性に対する怒声によって問われた。

「そんなにまでして、どうしてこんな部落にしがみついていなけりゃならないのさ? さっぱりわけが分からんね……砂ってやつは、そんなに生易しいものじゃないんだ! こんなことで砂にさからえると思ったら、大間違いさ。下らん! ……こんな下らんことは、もうやめだ、やめだ………まったく、同情の余地もありゃしない!」

上記は自分が囚われていると気付く前の言葉であるが、まさかこの風習のせいで自分が囚われるとは思いもしなかっただろう。女性が逃げ出さない理由についても問う。

「そうさ、歩くんだよ……ただ、歩き回るだけで、充分じゃないか……そういう、もんだって、ぼくがここに来る前は、自由に出歩いていたんでしょう?」

しかし、そんな男の問いに対する女性の答えは冷め切っていた。

「歩きましたよ……」ふと、女は殻を閉した二枚貝のような抑揚のない声で、「本当に、さんざん、歩かされたものですよ……ここに来るまで……子供を抱えて、ながいこと……もう、ほとほと、歩きくたびれてしまいました……」

ああ、そうか。女性にも閉じ込められているまでに至る過去があったのだ。彼女は理解出来ない存在では無く、血の通った人間なのだと、徐々に分かってしまう。本当に、本当にゆっくりとだが、男は逃げ出すための努力をしなくなっていく。

はっきりとしたきっかけは無かったように思う。小さな積み重ね、時間が過ぎ去っていくことで、彼は砂の女との囚われたこの場所が日常になっていく。かくいう読者もそうだ。最初は砂が混じった料理に嫌な顔をしたが、それもなくなって当たり前の風景として受け入れるようになっていく。

そうして迎える結末は、事実として受け入れるだけでなく、感情も理解出来るようになっている。面白い一冊であった。