工大生のメモ帳

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【映画】花束みたいな恋をした 感想

※ネタバレをしないように書いています。

人生最高の恋をした

情報

監督:土井裕泰

脚本:坂元裕二

主演:菅田将暉、有村架純

ざっくりあらすじ

終電を逃したことから偶然に出会った大学生の二人、山音麦と八谷絹は、好きな音楽や映画、お笑いなどが不思議なくらい一致しており、そのまま恋に落ちた。そんな二人は大学を卒業した後もフリーターを続けながら同棲を続け……。

感想などなど

運命的としか思えない出会いを、皆さんはしたことがあるだろうか。残念なことにブログ主にはそのようなセンセーショナルな出会いをしたことはなく、自分の趣味と合致した異性との出会いも経験がない。

できることならば好きな映画やラノベ、漫画の趣味が合う異性との会話をしてみたいものだが、半ばブログ主は諦めている。同性ですらそういう友達がいないので、こうなればブログとして文章に書き殴るしかない現状である。

山音麦と八谷絹も、自身の趣味を謳歌し、趣味に生きる大学生活を送っていた。お笑いライブに映画にイラスト、それぞれが自分の世界観を持っていて、それを共有して押しつけるだけの我がない人間である。

ただ自分の中にある世界観を見てほしいという願望を抱えながら、それができるだけの能力が無いということを理解しているのか、していないのか。現状に抱えている鬱屈とした感情は、二人の出会いにより、お互い少しだけ解消された。

その解消された感情の動きを「恋に落ちた」としている恋愛物語が、本作「花束みたいな恋をした」だと思う。お互いの世界観を互いにぶつけることができたら、それと同じように世界にも通用するとした勘違いがすれ違いを生む。

ブログ主はこの映画を見ていて、自分は自己が抱えている世界観を誰かにぶつけることを、いつからか諦めていたのかもしれないと思った。自分の好きなモノを語ること、つまりは押しつけることは良くないことだと思っていた。

八谷絹が恋をした相手は、世界観を押しつけてくれて、こちらからも押しつけることができた山音麦であり、山音麦も同様だったはずなのに。

 

この映画では五年間の恋を描いている。

五年間という歳月はとても長いからこそ、思想や趣味、生活は大きく変化する。むしろ変化しない人生は面白みがない。しかし、山音麦と八谷絹はその変化を嫌った。その我を一緒に押し通せるかどうかが、二人の人生の岐路だったように思う。

早々にその我を押し通すことを諦めたのが、山音麦であった。

山音麦はイラストレータを志望するサブカル好きな男だ。その夢を諦めきれず、しばらくの間、売れないイラストを描き続けた。イラストレータの世界というのは、とてもシビアな様で、その売り上げだけで生活することはとても無理だった。

その夢を捨てて就職した。就職する前は働きながらでもイラストが描けると豪語していたが、社会人の皆様ならばそのことの難しさは分かるだろう。働くという行為は、確かに何かを削っていくように思う。それはストレスによるものか、はたまた人間性か。

そうして変化していく彼は、八谷絹にとって好きな彼ではなかった。

とはいえ本当にそうか? 彼は変化してしまったのか?

この映画のラストシーンはとても印象的である。そのシーンで描きたかったものは、五年という歳月をもってしても、彼の本質は変わらなかったことを示しているのではと勝手に考察している。

変わったと勝手に言っているが、それはこちらが彼のことを見たいように見ているだけだったのではないか……色々な見方をしてしまう。

 

ブログ主は二人が別れ話をするシーンで号泣してしまった。

二人が別れるという展開を話すことはネタバレにはならない。なにせ予告編にて「人生最高の恋をした、奇跡のような5年間」と語られている。冒頭においても、二人はいずれ別れるということが仄めかされており、ただひたすらに甘い恋愛模様が続くだけではないことは、否が応でも察してしまうような演出がされている。

別れ話をするシーンは、この映画を象徴するようなシーンだと思う。この映画の感想を語る上で外してはいけないし、この記事においても絶対に語りたい。だからこそ語る。「号泣した理由が良く分からない内に自分は泣いていた」と。

二人に別れてほしくないから泣いたのか?

そんなコトはない。二人は別れるべきだと自分は思った。これ以上一緒にいても、幸せになることは絶対にあり得ない、と。それくらい二人の関係性は壊れていた。

だったら自分は何を思い泣いたのだろうか? ずっと考えていた。

そもそも自身の世界観を押し付け合うことのできる関係性は、男女であるからといって恋愛関係である必要は無い。二人はこれから先も友達として付き合うことはできたはずだ。世界を押し付け合える素敵な関係に、恋愛という名前をつけていたために壊れてしまった。

映画を見ている時は、そこまで複雑なことを考えていた訳ではないだろう。しかし、徐々に歪んでいく関係性と、その理由を考えれば考えるほど、「本当に愛していたのか?」という疑問が沸いてくる自分の性格の悪さが嫌になってくる。素敵な関係性に恋愛という型を押しつけたが故に歪んでしまったのではという考えと、その答え合わせのような(と勝手に自己解釈)したシーンが来たからこそ、悲しみが限界値を超えたのではないか。

おそらく自分は、本作を恋愛映画であるという見方ができていない。本作を恋愛映画として楽しめた人の感想を聞いてみたい。他の人の感想を聞いてみたい映画だった。