工大生のメモ帳

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辺境の老騎士Ⅰ 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

この旅に目的地はない

情報

作者:支援BIS

イラスト:笹井一個

試し読み:辺境の老騎士 I

ざっくりあらすじ

長年仕えていた領主に引退を願い出て、死に場所を求めて長い旅にでることにした老騎士バルド。各地のおいしい食事に舌鼓を打ちながらの気長な旅になるはずだったのだが……。

感想などなど

この作品の魅力を聞かれた人々の答えは、十人十色になると思う。

本作のストーリーはとてもシンプルだ。老騎士バルドが死に場所を求めて、一頭の馬と一緒に旅をするというものだ。それ以上でも、それ以下でもない。旅の楽しみとして、各地で美味しい料理や酒に舌鼓をうつ。時折、事件に巻き込まれたりもするが、それらには騎士として厳格に対処する。

そんな本作の魅力、まず一つ目。主人公である老騎士バルドの男としての強さだ。

バルドは辺境の騎士でありながら、人民に仕える騎士としてその名を轟かせている。彼の戦いに敗北はなく、すっかり年老いてしまった今でも、そこいらの者には負けないような強さは健在だ。

作中、複数人の兵士に囲まれるシーンがある。兵士達の手には槍が、身を守る鎧は立派なものだ。後ろに守るべき者がいる状況で、バルドは老いを感じさせない大立ち回りを見せつけた。彼の武器である長年の戦いで得た技術と勘で、どんな敵であろうとも冷静に勝ちをたぐり寄せている。

それでも押し寄せる歳には勝てない。大立ち回りの翌日には、筋肉痛やらで動けなくなるのは少しばかり可愛らしさすらある。

魅力の二つ目。たぐいまれなる食レポの才能……本作はファンタジー世界の食レポ小説としても楽しめる。美味そうにご飯を食べて、幸せを噛みしめている姿だけでも十二分に楽しめるというものだ。

水で喉の渇きは癒やせるが、心の渇きは酒でしか癒やせないと語るバルドは、酒に対するこだわりも凄まじい。赤ワインと白ワインを飲んでも、「どっちも美味しい!」という感想しか抱けないかわいそうな舌の持ち主である自分とは違い、ワインに対するこだわりの凄まじさは読んで確認して欲しい。

そんなバルドという人間の魅力だけで構成されているかと言われれば、決してそういう訳ではない。旅の過程で出会う人々もまた、愛すべき者達ばかりである。

 

老騎士バルドが旅を始めるきっかけとなったのは、彼が仕えていたテルシア家と、コエンデラ家の表だって起きていなかった争いが、バルドによって激化しかねないと悟ったからだった。

そもそもテルシア家は、魔獣や野獣の侵攻が多く、安全とは言いがたい領地だった。それでも今まで安全に人民が暮らすことができたのは、不敗の騎士や人民の騎士と呼ばれるバルドの功績によるところが大きい。

だからこそコエンデラ家は、戦争ではなく平和な現状維持という選択をした。喉から手が出るほどにテルシア家の領地が欲しいにも関わらず、だ。しかしコエンデラ家がバルドという最強の駒を手に入れてしまえば状況は変わる。バルドに領地を与えて適当に疲弊させ、テルシア家の戦力を削ったところで戦争を仕掛ける……こうなると状況は最悪だ。

バルドは自身が仕え続けたテルシア家を守るために、コエンデルラ家にバルドという最強の駒を手に入れさせないために、領地を離れて旅に出る道を選んだ。テルシア家に残した自らが指導した騎士達、これからの家を背負う騎士達に後を託したのだ。

……と長々バルドが旅を始めたきっかけを語ったが、理由はそれだけではない。バルドは昔から、遠い遠方の食べ物や街に憧れがあった。そしてそうやって見たものを、テルシア家の娘・アイドラ様に手紙にしたためて伝えようとしていた。

娘と書いたが、一児の母であり、すっかり歳も老いた立派な淑女。アイドラが子供の頃から、バルドは騎士として彼女に仕え続けてきた。そんな彼女が見たいと語っていた世界を、どうにか見せてあげたい一心で、彼は旅に出たのかもしれない。

騎士として、一人の男としての生き様が、この物語を形作っているのかもしれない。

かっこいい物語であった。

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