工大生のメモ帳

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酸素は鏡に映らない 感想

作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

酸素は毒だ

情報

作者:上遠野浩平

イラスト:緒方剛志

試し読み:酸素は鏡に映らない No Oxygen,Not To Be Mirrored

ざっくりあらすじ

ひとけのない夜の公園で、エンペロイド金貨という幻の金貨を拾った小学五年生の少年・高坂健輔は、そこで出会ったオキシジェンと名乗る男に奇妙な話を聞かされる。そして同じ時に偶然であった、売れない俳優の池ヶ谷守雄と、姉の高坂絵里香と共に、宝探しの旅に出ることに――。

感想などなど

『誰かが誰かに憧れていて、それを横から主人公が眺めている、という構図になっている』と作者のあとがきに書かれている。それを念頭に置いて読み返すと、なるほどなと思えた。

「カレイドスターさんお久しぶり!」とか、「オキシジェンさん相変わらずっすね!」とか、「寺月恭一郎さんの影響力パネー」とか、語彙力のない感想を書こうとしていたことを恥じたい。

作品の時系列としては、『ヴァルプルギスの後悔』『パニックキュート帝王学』あたりかと思われる。オキシジェンという人物については、同上の作品と『ジンクスショップへようこそ』辺りを読めば把握できる。

とはいえ、そこら辺の事前知識がなくとも楽しめる(読んだ方が理解が捗ることは言わずもがな)。

ブギーポップシリーズで描かれる能力者バトルの要素は限りなくゼロである。カレイドスターさんは戦わないし、オキシジェンは意味深な話を高坂健輔に言って聞かせるだけで、役割としては終わっている。世界の敵が現れることがないのは勿論のこと、ブギーポップさんが駆けつけてくることもない。

三人の男女が寺月恭一郎の残したとされるエンペロイド金貨を探す過程で事件に巻き込まれていくというストーリーラインがある。そのかしこに点在する固有名詞が、ブギーポップシリーズらしさを醸し出している。

 

エンペロイド金貨とは。

大昔のヨーロッパのとある国の皇帝が、前皇帝の発行した金貨の価値を下げるために発行した偽金貨だ。ただ偽だとバレる訳にはいかないため、本物に負けないくらい立派に作ろうとした結果、本物よりも遙かに立派な金貨となってしまい、それが流通――今に至る。

そんな偽金貨を世界中から根こそぎ買い占めて集めていた大富豪が、寺月恭一郎という人物だ。彼は既に亡くなっており(実は力を持ちすぎたことで統和機構に消された)、その財産は一通り配分された。ただその財産の中に、彼が集めていたはずのエンペロイド金貨がないということが判明。

そのないはずの金貨を公園で拾った高坂健輔。

その現場に居合わせていた柊さん曰く「もしも……力が欲しいなら……それを探してみるといい」ということなので、怪しいけれども探してみることにした高坂健輔と池ヶ谷守雄と高坂絵里香の三人。

ちなみに池ヶ谷守雄は、〈無限戦士ゼロサンダー〉という特撮ドラマの主役でデビューした俳優だ。この〈無限戦士ゼロサンダー〉というのが、かなりの問題売り上げが伸びず、途中で打ち切り。そういう経緯でありながら、最終話でかなり綺麗に終わったということで根強いファンも多いらしい。

そんな芸能人であるが、金貨を拾う場面に居合わせて、柊さんに気になることを言われたことで金貨探索をすることに。おそらく柊さんに脅迫する意思はないのだが、脅迫されたという勘違いの元、金貨探しに参戦し、なんだかんだで乗り気になってくれる池ヶ谷さん。最初はやさぐれたおっさんみたいな感じに思うかもしれないが、最終的には凄い見せ場があるので覚悟しておくこと。

高坂絵里香、実は〈無限戦士ゼロサンダー〉のDVDを所持しており、池ヶ谷さんのファンと言っていいだろう。今となっては大した仕事もなく、やさぐれてしまった彼のことをなんだかんだで良くしてくれる。

最初は向けているやる気の方向性が違うが、それぞれの距離が縮まって、なんやかんやで信頼しつつある関係性が構築されていくのは読んでいて楽しいものだ。思い返してみると、金貨探しとはいえ大した時間は過ごしていない。

それでも巻き込まれた事件の密度と、そこで成し遂げた出来事の大きさを加味すると、絆とは時間の長さではないのだなと分かる。最後の金貨発見の謎解きも含め、納得度の高い物語であった。

 

『誰かが誰かに憧れていて、それを横から主人公が眺めている、という構図になっている』と最初に書いた。この構図に関して、池ヶ谷守雄という俳優を見ていけば分かりやすい。

池ヶ谷守雄は〈無限戦士ゼロサンダー〉の主人公・神谷レイジとしてデビュー。この甲賀コウイチという男は、過酷な運命に負けず真っ正面から戦う。まさにかっこいい戦士と呼ぶべき男だった。

しかし、それはあくまで脚本の中での池ヶ谷守雄の姿であり、実際の池ヶ谷守雄とは違う。それでも彼の心はずっとゼロサンダーに奪われているような、そういったヒーローに憧れているような描写がある。

そんな池ヶ谷守雄の勇姿を、是非とも見届けてあげて欲しい。

上遠野公平らしさの詰まった作品だった。

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