工大生のメモ帳

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青春ブタ野郎は迷えるシンガーの夢を見ない 感想

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作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

※これまでのネタバレを含みます。

同調圧力。

情報

作者:鴨志田一

イラスト:溝口ケージ

ざっくりあらすじ 

大学に入学後、何だかんだで楽しいキャンパスライフを過ごす咲太。同じ大学に入学したアイドルグループ『スイートバレッド』のリーダー・卯月の様子がおかしいことに気がつく。

感想などなど

思春期症候群が引き起こす事件に巻き込まれ続けた咲太。大学生というのは思春期を卒業し、大人に近づいていく過程だとブログ主は勝手に認識している。大学に入学せず、高卒で社会に出る人もいるのだから、もう大人といっても間違いではないような気もしないでもない。

しかし本シリーズは高校を卒業したからといって終わりを迎えることはなく、大学生編なるものがスタートしてしまった。相変わらず世界一可愛い彼女と、これまでの事件で仲良くなったアイドルなど顔面偏差値が高すぎる面々に囲まれる彼の生活は、そこらの大学生よりも遙かに人生を謳歌しているのではなかろうか。

そんなキャンパスライフを描くだけでも、作品としては悪くないかもしれないが、青春ブタ野郎シリーズと銘打っているだけのことはあり、思春期症候群が事件を引き起こしてくれる。

しかし、今回の事件というものは我々でも普通に起こりうることのような気がする。いや、それだと語弊があるか。似たような状況ならば、誰にだって再現できる……と言うべきだろう。

 

そんな思春期症候群の説明に入るより先に、アイドルグループ『スイートバレッド』というものについて説明しておかなければいけない。桜島麻衣の妹である豊浜が所属するアイドルユニットであり、花楓が通信制の学校に入ることを決める際には、色々と相談に乗ってくれたメンバーだと言えば、ある程度の人は理解して貰えるだろう。

アイドルとしては中の上といった知名度だろうか。テレビに出てこないこともないが、武道館でライブを開けるほどの知名度はない……例え桜島麻衣の妹が所属するとはいっても、アイドルの世界は親戚の知名度を借りてやっていけるような優しい世界ではないのだ。

そんなグループのリーダーとして奮闘し、咲太と同じ大学に通う卯月。アイドルしかもチームを引っ張るリーダーということもあり、そのルックスや歌唱力やトーク力に至るまでとてもレベルが高い。

「他メンバーは知らないけど、卯月は知ってるよ」と言われるくらいで、ネット上では独立が囁かれる程だ。武道館に立つレベルのアイドルを目指すとなると、その程度は当たり前にこなさなければいけないのかもしれない。

そんな彼女が思春期症候群を発症することで物語は進行していく。

 

彼女の身に降りかかった思春期症候群を一言で言うなれば『周囲の空気が異常に読めるようになった』ということだろう。空気を読むという行為を、我々は当たり前にこなしている。正しく読めているかは置いておくとして。

卯月はこれまで空気を読まないキャラクターだった。いつでも笑みを絶やさない明るい女の子で、アイドルとしての職務に全力でぶつかっていく姿勢というものはとても眩しく、尊敬に値する。

しかし彼女が空気を読む――もはや心を読んでいると言って良いだろう――ことにより、その様子というのが一変してしまう。周囲に気を遣い、どんな聖人だとうろ囁かれる陰口というものがダイレクトに届く環境に、彼女の精神はやつれていく。

しかし彼女は強い女性だった。確実に傷を負い続けるメンタルを、アイドルの笑顔で覆い隠した。ファンなどはまずその変化に気付かないが、咲太といった彼女を良く知る者達はその変化に気付くが何もできない。

人には人の許容量というものがある。その大小を優劣で語ることはできない。人が壊れる時というものは許容量を超えた一瞬であり、ヘルプサインというものは後になってから気付くことが多いのだ。

 

心の病というものは厄介なもので、分かりやすく発熱や痛みといった形で前兆を示してくれない(痛みだしたら遅いのだ)。しかも心の病を逃げだというように判断する人も少なくない。

迷えるアイドルである卯月も、その兆候というものは思い返せばいくらでも上げられる。しかし壊れるよりも前に救うことはできなかった。

それは何故か? 彼女は強いと思われていた。事実、彼女は強かった。

最初に『普通に起こりうること』と書いたのはそこにある。思春期症候群はきっかけになっていたかもしれないが、きっと思春期症候群がなくともいずれは同じような道を辿っていたような気がしてならない。

今回の咲太は卯月の会話相手を担う観測者的ポジションである。彼が彼女の居場所になるということはできないし、なってはいけない。彼女が救われる場所は、ステージ上であるべきなのだ。

そしていつも通り気になる引きで……結構憎い。まだまだ大学生編は始まったばかりである。

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