※ネタバレをしないように書いています。
※これまでのネタバレを含みます。
全員を救いたい。
情報
作者:鴨志田一
イラスト:溝口ケージ
ざっくりあらすじ
『かえで』が消え、『花楓』が戻って来た梓川家。しかし、これまで中学にまともに通えていなかった『花楓』にとって試練である高校試験が間近に控えていた。「お兄ちゃんと同じ高校に行きたい」という思いを受け、周囲の人達は協力することとなるが。
感想などなど
咲太にとって初恋の相手である翔子さんの未来を願い、彼女が生きている世界をつかみ取った咲太。麻衣先輩も変わらず元気でいるようで、元通りの日常が戻りつつあった。
そんな中、『かえで』という人格が消え、元に戻った『花楓』も日常を取り戻しつつあった。『かえで』が頑張ったように、少しずつだが外に出られるようになっていく。元々出ることができなかった電話にも出られるようになって、麻衣先輩には勉強を教えて貰って……ゆっくりではあれど、外に出られるだけの準備は出来つつあった。
そんな彼女が迎える一つの大きな選択の時が近づきつつあった。
それは高校受験。引きこもりだった『花楓』にとっては大きな死活問題。しかし、彼女は高校に行きたいという。両親としても同じ気持ちだろう。そんな彼女に関する物語となっている。少しばかり覗いていこう。
引きこもり、不登校の数は決して少なくない。理由はたくさんあるだろう。
そんな彼ら全員が、社会復帰しようとすると大きな壁が存在する。「元々不登校だったけど、成功しました!」という台詞は、あくまで一握りしかいない成功者の言葉だ。壁を越えられず諦めた人の方が多いことは想像に難くない。敗者がいるから、勝者がいるのだ。
当然『花楓』の前にも大きな壁が立ち塞がる。まず最初、前提として「高校に受かったとして通えるのか?」という点だ。彼女の場合、ネットでのいじめが原因で青春症候群が発症し、体に生傷が増え続け、人の目が怖くなり、外に出られなくなった。
そんな彼女が高校に通えるのか? いじめによるトラウマは、精神論でどうにかできる問題ではないだろう。だからといって他人が簡単に解消できる問題ではない。できるのはあくまで支えることだけ。咲太自身、彼女を無理矢理連れて行くようなことは決してしなかったし、学校へ行けと強い言葉を投げかけることもなかった。
高校には留年という制度がある。日数が足りなければ、当然そのような処置が執られる。その状態から復帰するのは至難の業だろう。
次に「受かる高校があるのか?」という点だが、これはあまり気にすることでもないだろうと思う。無論、簡単ではないが。脳に致命的な障害を受けている訳でもなく、『かえで』の頃に咲太や理央や麻衣先輩に教えて貰った勉強は根付いている。
実際、テストの点自体は努力次第でどうとでもなる。努力の仕方は天才が周囲にいるので、その点も問題ない。
一番の問題は内申点である。近年の中学は卒業日数が足りようが足りなかろうが卒業できる。『花楓』も例外ではない。ほぼ学校へ行っておらず、成績を付けるどころの話ではない彼女でも、0に等しい内申点で卒業できるのだ。
高校によっては内申点を高校入試に含むことがある。
では、『花楓』はそんな高校を受験しなければいいではないか。そう、そうすれば高校には入れる。しかし、
「お兄ちゃんが行ってる高校に行きたい」
その一言が全てをひっくり返す。咲太が通う峰ヶ原高等学校は、試験の点数よりも内申点を重視するのだ。つまり、他の学生よりも優秀になるためには、試験を相当に頑張らなければいけない。
こうして、『花楓』の人生を賭けた戦いが幕を開く。
妹が頑張っている中、咲太自身も麻衣先輩と同じ大学に行くために努力することとなる。どうやら麻衣先輩の通う大学はセンター試験で九割の点数をたたき出さなければいけないらしく、現時点から準備しなければ間に合わない。
九割……ひぇっ。国公立の最上位ですかねぇ。
英単語をたたき込み、麻衣先輩といちゃいちゃしようとしてできない日々。
自分もどうしても受験勉強した日々を思い返してしまいます……。
全体的に青春症候群は描かれておらず(それっぽい描写はあるが、次巻に持ち越し)、『花楓』が『かえで』から脱却するための物語だった。それにより成長する『花楓』と共に咲太もまた成長していく。
これからも彼らの成長を見ていきたい……そんなことが思える物語だった。