※ネタバレをしないように書いています。
魔女。そう、私です。
情報
作者:白石定規
イラスト:あずーる
ざっくりあらすじ
灰の魔女・イレイナが世界を旅する物語。
「忘却の都」「虚構の魔女」「好き嫌い」「林檎殺人事件」「とるに足らない物語」「水没街区」「忘却紀行のアムネシア」「勇者と飛竜と生贄と」「街は氷に覆われて」「忘却帰郷のアムネシア」
感想などなど
「忘却の都」
どんなに栄えた都であろうとも、人がいなくなってしまえば、いずれ廃れてしまうこと必死。ここで描かれる都も、きっと遠い遙か昔は人がそこら中歩いていたのでしょう。しかし、もうその名残はありません。
いずれ忘却されてしまうのです。そんな廃墟マニアの心くすぐるエピソード。何故かイレイナだけでなく、もう一人いるようですが、それは第四巻を読み進めていくと理由が分かります。
「虚構の魔女」
ハードボイルドに憧れてスパイを目指す乙女がいたそうな。ハードボイルド=スパイという単純思考は、些かアホの子臭がします。事実、彼女はお世辞にも仕事ができるような人間ではなく、毎日毎日、回されない依頼を待つ日々を過ごしていました。そんな彼女にも予想外に、大きな依頼が舞い込んだのです。
なんとイレイナに似た灰色の髪を持つ『虚構の魔女』なる極悪非道な魔女を暗殺するようにという依頼です。
魔女というのはとてつもなく強い存在で、魔道士である乙女には荷が重い仕事かもしれません。しかし、彼女の所属する組織には魔法を使える者がおらず、「まぁ、仕方ない」的な軽ーいノリで回されたようです。
そしてそんなスパイ志望の乙女の前に、『灰の魔女』イレイナが姿を現しました。頑張って殺そうしているような気がしないでもないですが、なすすべなく呆気なく彼女はイレイナに負けてしまいます。その後も、ただ黒星だけが積み上がっていく日々。
これはそんなスパイとイレイナの物語です。ほっこりするいい話でした。
「好き嫌い」
キノコ嫌いなイレイナとサヤ。第一巻の「魔法使いの国」の補完的な内容で、二人の会話を楽しむ内容となっています。
「林檎殺人事件」
毒林檎を食べて死んだ美女がいました。それに巻き込まれたイレイナは、私立探偵の格好をしただけの被害者の彼氏の捜査を受けることに。しかし彼女を殺した犯人が誰なのか分からず、キスをして美女を目覚めさせようという話になりました。
……嘘はついてないですよ。
しかし誰がキスをするのかの話は平行線を辿り、それより毒の経路は林檎なのかという話になった……気がしたかと思えば、誰が林檎を食べて美女と間接キスをするのかの話になっていきます。
……うん、合ってる……よな。
そして林檎を次々と囓って倒れていく男性陣。こうして完全犯罪が遂行されました。「そして誰もいなくなった」もびっくりのクローズドサークルミステリの皆殺しが感性です(ただし男性陣に限る)。
「とるに足らない物語」
思わず誰かに語りたがるエピソードが、皆に一つはあると思います。この話で登場する二人の男は、それぞれ『世界のありとあらゆる美食を食べた者』と『世界のありとあらゆる面白い物語を読んだ者』でした。
そしてそんな現状に退屈し、イレイナに相談するのです。世界各地を旅してきた魔女ならば、私を満足させられる食/物語を用意できるのでは? と。そしてイレイナは思わず誰かに語りたくなってしまうような食/物語を用意しました。
たしかに、とるに足らない物語です。
「水没街区」
イレイナは水没してしまった国・水没街区へとやって来ました。そこはつい最近、近隣国からの襲撃を受けたことでピリピリとした緊張が漂っており、イレイナも一旦監獄へ閉じ込められてしまいます。
その檻で出会った美女が好きな考古学者ヴィオラと出会い、襲撃をしかけた国は、近年の食糧問題を解決するために水没街区を襲撃したことなどの話を聞かされます。そしてイレイナに危険がないことなどが分かると解放され、水没した理由はその昔、魔女が原因だったことなどの話も聞きつつ、イレイナはお願い事をされてしまいました。
水没街区としては争う気はないということを、近隣の国伝えて欲しい、と。
そして向かった国で得た情報を組み合わせていくと、これまでの疑問のピースが嵌まっていくような心地よい間隔が得られることになります。短いながらも綺麗にまとまった物語でした。
「忘却紀行のアムネシア」
アムネシアという一日しか記憶を保持できないアムネシアは、毎日欠かさず寝る前に日記をしたため、次の日の朝にはその日記を読むことで記憶を補完し旅をしていました。しかしイレイナとぶつかった際に日記が入れ替わってしまいます。
そんな事件が起きた国は、魔女が入ることは出来ない国でありました。アムネシアは次の日、日記を読みながら自身が魔女であるという誤解を抱き、しかし魔法が使えないことに焦りを覚え、「魔法の使い方を教えて下さい」と周囲の人に喧伝して回る事態が発生していまいます。
そして囚われたアムネシア。イレイナはアムネシアの日記を読みながら、彼女が陥っている状況を理解し、助け出すことにします。話のオチとしては弱いですが、「忘却の都」で二人いたのはアムネシアのことであることや、これから描かれる物語にはアムネシアがいることなどを踏まえると、良い導入だったと思います。
「勇者と飛竜と生贄と」
アムネシアと共に訪れた村では、近くにいるという飛竜を恐れていました。そこで、岩に刺さっているという伝説の剣を抜けた心が美しく、嘘をついたことのない者に、飛竜の退治を依頼しようということになっていたそうです。
しかし、心が美しい者にしか抜けないはずの剣であるにも関わらず、イレイナでも抜けそうなほどにぐらついています。面倒ごとは嫌なイレイナは、抜けないフリをして切り抜けようとします。しかしそんなことお構いなしなアムネシアは剣をあっさりと抜き、依頼される形で飛竜退治へと向かいました。
しかし飛竜が弱かった。これを恐れてるってマジ? アホなの? というくらい。というか人の姿だし、泣いてるし。この話でアムネシアとイレイナの関係性が確立していく、というかそっちがメインじゃないかという話でした。
「街は氷に覆われて」
訪れた街は氷で覆われ、人も凍り付いた状態で固定化されていました。そこでただ一人動くことのできる魔女のような存在は、イレイナでも太刀打ちできないほどに強力な存在でした。
挙げ句の果てにはその魔女のような存在に、氷漬けにされてしまいます。しかし抜け目ない彼女はホウキに命を与えてアムネシアと共に逃がし、全てをホウキとアムネシアに託したのです。
そこから視点が切り替わり、アムネシアがイレイナを助けるために行動を開始。そこで判明するこの国の真実と、魔女の覚悟を知り、アムネシアもまた覚悟を決めるのです。次話に繋がる重要な話でもあり、アムネシアの優しさに触れる話でもありました。
「忘却帰郷のアムネシア」
アムネシアが探し求めた故郷である信仰の都エストへと辿り付きました。そこで語られるは彼女が一日しか記憶を保持できないに至った経緯でした。どうやら彼女は罪人で、その罰を受けていたということのようです。
その罰というのが、記憶を保持できない状態で外へと送る。すると何とかして故郷であるエストへと戻ってくることとなります。そこで捕らえ、斬首に処す直前にこれまでの全ての記憶を戻し、絶望させた状態で殺すのです。
これまで積み重ねてきた出会いと別れの思い出が、最後の瞬間に苦しめてくるという酷な罰です。アムネシアは四人の魔女を殺した罪で、このような罰を科せられ、イレイナがエストへと連れてきたことで処刑が始まろうとしていました。
しかし、イレイナにはどうにも信じられませんでした。あのアムネシアが四人も魔女を殺したということに。おそらくここまで読んできた人の大半も、信じることはできないでしょう。
かくいうブログ主もそうでした。珍しくイレイナが、誰かのために奮闘することになります。第四巻の締めに相応しい物語だったと思います。