工大生のメモ帳

読書感想その他もろもろ

魔法使い黎明期 劣等生と杖の魔女 感想

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻
作品リスト

※ネタバレをしないように書いています。

魔法使いになりたい

情報

作者:虎走かける

イラスト:いわさきたかし

試し読み:魔法使い黎明期 劣等生と杖の魔女

ざっくりあらすじ

五百年に及ぶ魔女と教会の対立は、数年前の和平によって解決した……かに見えたが、世界的には消えない魔女、教会それぞれに対する遺恨や差別意識の数々。そんな情勢の中、ウェニアス王国王立魔法学校に通っていた記憶喪失の少年・セービルは、そのあまりの成績の悪さによって、反魔女派の勢力が強い王国南部に特別実習で向かうことに。

感想などなど

日本の教育課程において、中学校までは義務教育として定められている。高校と大学では、自分の将来を意識した選択に迫られることとなる。普通科に通うもよし、専門学校に通うもよし――それなりに自分のなりたい姿というビジョンがあって選んだ道に、苦労はあれど後悔はない。

本作の主人公であるセービルは、魔法使いになることを目標に掲げ、ヴェニアス王国王立魔法学校に通っている。ただ彼には重要なものが欠けていた。その学校に通うことになるまでの記憶だ。

魔法使いになりたいから、この学校に通うことになった……そのはずなのに記憶がない。そんな払拭しきることのできない違和感を抱えている訳だ。しかも学校始まって以来類を見ない成績の悪さのせいで、魔法使いになることができそうにないというのだから、物語の初っぱなから大きな壁にぶち当たっている。

義務教育ではないし、魔法使いという特殊な職種に就く資格は、そう簡単に与えられるものではないのだ。

五百年ほど魔女と教会が殺し合いをしてきて、数年前になってようやく和平が結ばれた。そんな魔女と教会間の遺恨は、そう簡単になくなるものではない。そんな社会情勢で、誰にでも資格を与えるというようなことをしていては、せっかく築いた和平に歪みが生じてしまうかもしれない。

という訳で、このヴェニアス王国王立魔法学校は卒業するだけでも難しいらしい。読んでいくと退学者や追放される学生も、別に珍しくないことが分かってくる。その中でもイーゼルはあまりに成績が悪すぎた。

このままでは魔法使いになることはできない。そんな彼に学長が与えた試練は、『反魔女派の勢力が強い王国南部での特別実習』だ。

 

何度も書いている通り、この世界では五百年という長きに渡って魔女と教会が争っていた。しかし数年前に和平が結ばれ、平和になった……ということになっている。

いかんせん争いの期間が長すぎた。魔女に対する、教会に対するそれぞれの意識は簡単には変わらない。その意識――特に魔女に対する遺恨が根強く残っているのが、王国南部だ。

そんな場所で魔女に対する差別・偏見をなくすこと。それが特別実習でイーゼルに求められている課題であり、そのためならば何をしても良い。その実績を報告書として提出することで合格となる。一応、教師としての魔女が付き添い、その指示に従って行動するということになっているが、この特別実習の難しさはなんとなく理解してもらえるだろう。

そんなただでさえ難しい課題であるにも関わらず、彼に付き添ってくれる教師というのが、表紙にもなっている女性ロー・クリスタル。見た目は子供だが、彼女の持っている杖 ”ルーデンスの魔杖” により数百年もの長きを生き続け、黎明の魔女と呼ばれている超すごい人なのだ。

ただあまりに長く生きすぎているせいで、何よりも自分が楽しむことを優先する性格となってしまい、イーゼルに同行する魔女になってしまったことに学長の表情は暗い。

ただ読み終えて思う。彼女以外には教師としての役は果たせなかった……と。

 

この特別実習には、イーゼルの他にも参加している者がいた。とはいってもイーゼルのように成績が悪すぎてといった事情ではない。

イーゼルとともに行動を共にすることになるのが、学園一の秀才・ホルト。秀才という名に恥じぬ実力と、神は二物を与えないということを嘘だと教えてくれる愛嬌を兼ね備えている。ただその愛嬌の裏にある壮絶な過去をちらつかせてくる。

本当は別グループなのだが、なんやかんやでイーゼルとホルト(とロー・クリスタル)に合流することになるのが獣人クドーだ。見た目は完全にトカゲなのだが、人語を解し、魔法も使いこなすことができる。口は悪いが、彼の男気に惚れる読者も出てくるかもしれない。

この作品の評価は、主人公に対する評価によって大きく割れるような気がする。主人公であるイーゼルは、何か問題が起こるとすべて自分のせいであると考えてしまう癖がある。はっきり言ってしまえば、彼だけの責任ではないのだが、それでも自分を責めて勝手に追い詰められていく。

物語はそんな彼の視点で描かれていくため、納得できない行動というのもある。「頑張れイーゼル」と応援しながら、彼の成長を見守っていく……イーゼルだけではない。ホルト、クドーたちの魔法使いとしての成長も見所だ。

思い返してみると、世界観の設定を説明していることが多かったが、読んでいる時は意外に気にならない。そのあたり、作者の技量を感じる一冊であった。

【前:な し】【第一巻】【次:第二巻
作品リスト