※ネタバレをしないように書いています。
殺したぐらいで、俺が死ぬとでも思ったか
情報
作者:秋
イラスト:しずまよしのり
ざっくりあらすじ
人間の王都・ガイラディーテにある、勇者学院・アゼシオンとの学院交流が開催されることになった。早速、勇者学院へと向かってみると、どことなく不穏な空気が流れていて……。
感想などなど
二千年前に魔王の命と引き換えに作り出された壁。それによって築かれた平和は、もしかして偽りだったのかもしれない。そんなことを考えてしまう。
これまで魔物社会における話しか描かれてこなかった。統一派と皇族派という危険な派閥争いが起こっていることを除けば、平和な社会が形成されたと言っていいかもしれない。それも全て二千年前の魔王による功績だっただろう。
さて、勇者が命を賭けて守ろうとした人間はどうだろう?
その勇者が二千年前に守った人間社会が、今はどのようになっているのかを確認することができるのが、第三巻の内容である。
二千年前。魔王の前に現れて、壁を作るために魔力を投げ打った勇者・カノン。時々、彼についての情報が挟まれている。それらの情報を総合すると、七つの根源を持ち、何度殺そうとも七つの内一つでも壊されずに残っていれば、再び復活して魔王の前に現れたのだという。
聖剣を片手に、魔法も操って、魔王の前に何度でも現れる勇者のことを、魔王が高く評価していたことは随所の台詞や描写から読み取れる。どうやらそんな勇者もまた、二千年の時を経て(正確には数十年刻みで)転生して現在まで生き延びているようだ。
少しばかり勇者と再び出会うことを楽しみにしている魔王の姿があった。最後の最後、また平和な世界で会うことを約束した両者、敵同士であったかもしれないが願いを共有した友と呼んでもバチは当たらない。
しかし人間が統治する街は不穏な伝承が語り継がれ、勇者学院で勇者の転生者を名乗る人物が何人もおり、その誰もが勇者の根源を引き継いでいるとは思えないようなゲスであるのだから、魔王の落胆はそうとうなものだっただろう。まぁ、そんな失望はあまり表情に出さない男ではあるのだが。
少し話が戻るが、今回は魔王学院と勇者学院の学院交流の話である。それぞれの学院で、学んでいないことを補い合って学びを深めていこう、という一見すると、とても実りの多そうな内容となっている。
だが実態はかなり違う。
一言で言うなれば『マウント取り合い』を学院単位で行う醜い争いである。しかも開催場所は勇者学院。敵の本拠地に何の準備もなく、ただマウントを取られに行ったような感じ。
勇者学院にとって誤算があるとすれば、魔王学院に魔王の転生者がいたということ。アノスは二千年前のことを知っているのだから、座学であろうとマウントを取れようはずもない。実技も言わずもがな。
物語はまさかの方向へと向かっていき、勇者学院の生徒達は本気で魔王を実技に乗じて殺すつもりであったことまで判明する。だが、二千年前の七つの根源を持った勇者ですら魔王を殺すことができなかったというのに、ちょっと強いくらいの学生風情にどうにかできるはずもない。
その物語を読み進めていくと、どこか感じる違和感。
魔王を殺すため、という大義名分ではあるが、どうにもおかしい。未来ある学生が皆、命を賭けてまで殺そうとしてくるのだ……まぁ、殺せないのだが。自らの心臓に刃を突き立てて発動する魔法が登場したときは、「そこまでするか!」と驚きを隠せずにいたブログ主がいる。
いや、まぁ、相手はたしかに魔王だが。二千年前の憎しみをここまで持ったまま過ごすって、もう一種の呪いじゃないか、と。
結局、魔王が二千年前にやったことは意味がなかったのだろうか。人と魔物は争う運命にあるのだろうか。
その疑念がフツフツとわいてくる。そこから始まる怒濤の展開は必見である。第一、第二巻で描かれた数々の疑問や伏線を回収しながら、二千年という長きに渡り培われた因縁を晴らすための魔王の戦いが幕を開けた。
第三巻、ここで完結でも全く問題がないというくらい素晴らしい幕引きだった。これから本作を買おうという人は、この第三巻までを一気に買うことをお勧めしたい。