※ネタバレをしないように書いています。
これまでのループを無駄にはしない
情報
作者:雨川透子
イラスト:八美☆わん
試し読み:ループ7回目の悪役令嬢は、元敵国で自由気ままな花嫁生活を満喫する 1
ざっくりあらすじ
婚約破棄を言い渡され、20歳で死ぬまでの期間を繰り返して7回目。商人や薬師、騎士として波乱の人生を過ごしてきたこれまでの反省を生かし、次こそは長生きしてダラダラと生きたいリーシェであったが、別のループで自分を殺した皇太子アルノルトに求婚されてしまう。
感想などなど
婚約破棄。
その字面が表す通り、婚約という契約を一方的に破棄され、大抵の場合は家を追い出される。婚約をゴールインと勘違いした輩の横暴な行動で嫌われたり、どこぞの黒幕が仕掛けたトラップであったり、婚約破棄イベントが発生する原因は多岐にわたる。
本作の場合、どうやら「令嬢としての陰湿さ」と「黒幕の存在」の両方であるらしい。
悪役令嬢・リーシェは、王太子・ディートリヒと婚約を結んでいた。自分の存在価値は王太子の婚約者であるという令嬢に良くある価値観を抱き、その立場に固執していた。そんな彼女の前に現れたのが、リーシェに自分は虐められたという嘘を広めつつ、王太子との関係性を深め、二人を婚約破棄まで誘導した黒幕・マリーである。
彼女は貧しい家庭で育ち、守るべき弟達の生活を守るために、死に物狂いで学院に入学し、婚約相手を探した。そこで目を付けたのが、ディートリヒだった。だからといって虐められたという話をでっち上げ、婚約破棄させるというのは倫理観的にどうかと思うが、渦中に居るリーシェはあまり気にしていない。
なにせこのディートリヒ、一年後には王への無謀なクーデターを企てて、あっさりと露見。王太子としての地位を失って幽閉されることとなる。むしろ「こんな人と結婚する人生を送らなくてよかった」と胸をなで下ろすレベルだ。
さて、リーシェは何故そのような未来のことを知っているのか?
タイトルにもある通り、リーシェはこれまで6回も同じことを経験しているのである。
6回もループしていれば、未来のことはある程度分かる。そしてそれぞれの人生で、商人や薬師、騎士としてそれなりの地位を築き、それなりの人生を歩んでいる。ただし、どれも20歳という若さで死ぬという末路であるが。
例えば。
6回目のループでは、とある島国の騎士団に所属し、血反吐を吐くような訓練を経て一人前の騎士となった。そんな彼女のいた国は、皇帝アルノルトが率いるガルクハイン国軍の襲撃を受け、戦場に赴いたリーシェは皇帝に殺される。20歳という若さである。
どのループにおいても、死に方は違えど死ぬ時期は同じであった。若い内に死に、余生を謳歌する暇はなかった。今度こそは長生きしたい、と婚約破棄されて早々に屋敷を飛び出していくリーシェは、婚約破棄慣れしているとしか言い様がない。
そんな彼女は逃走の最中で、皇太子アルノルトとぶつかってしまう。これはアレだ。朝食の食パンを咥えて「ちこく、ちこく~」と走っていたら、道の曲がり角でイケメンとぶつかってしまうテンプレ展開だ(?)。
そして彼に見初められ、結婚しないかとプロポーズを受けてしまう。
先ほども書いたが、直前のループでリーシェはこの男に殺されている。それに皇帝アルノルトは、戦争を勃発させる張本人であり、無茶な侵略を諫めようとした臣下の首をはねた暴君として知られていた人間である。
現時点ではそのような面影はないが、いずれその裏が顔を出し、戦争を引き起こそうとすることは目に見えていた。婚約破棄されたその日にプロポーズされ、それを振るという何かをコンプリートしそうな展開とテンポの良さには驚かされる。
もしやこれはギャグか?
いや、これはミステリーと呼ぶべきではないだろうか?
この作品が本領を発揮するのは、『皇帝アルノルトが戦争を引き起こす理由を知りたい』という想いがふつふつとわき上がり、彼と結婚することを選んだリーシェが、妃として奮闘し始めてからである。
そして、次々と出てくる皇帝の置かれた危険な事件に怪しげな闇。これまでの6回のループで培われた知識と技術と経験を持ったリーシェでなければ、メンタルが壊れ、二回くらいは死んでいる。
ただ知れば知るほどに、皇帝アルノルトが戦争を起こした理由は分からない。彼ならば、戦争などせずとも上手くやっただろうに。リーシェに負けず劣らず優秀な彼ですら、戦争をしなければならなくなる事態が起きるということなのだろうか。
先が気になる第一巻、満足度の高い内容であった。