※ネタバレをしないように書いています。
※これまで(出版順)のネタバレを含みます。
世界の命運。絶望。夏の終わり。
情報
作者:秋山瑞人
イラスト:駒都えーじ
ざっくりあらすじ
伊里野と一緒に逃げ出した浅羽。二人の前にはかすかな幸せと大きな困難が待ち受けていた。次第に壊れていく伊里野を連れて、疲弊した浅羽がたどり着く場所とは。
そして榎本によって語られていく、全ての真実。伊里野は軍隊に帰り、浅羽に平穏な日常が戻った・・・・・・しかし・・・・・・。
感想などなど
自分の体に仕掛けられた発信器を自分の力で抉り出し、伊里野と街を飛び出した第三巻。少女と少年の逃避行が始まっていきます。
もう何度も書いていますが、少年は非力で平凡な中学生。対して伊里野はただの女子中学生ではない。世界ために闘う女子中学生だ。
これぞセカイ系の醍醐味なのではないでしょうか。非力な主人公と世界の命運を握るヒロインの逃避行。展開としては王道かもしれませんが、面白いからこそ王道なのです。
さて当然、平凡なハイキングのように逃避行ができるはずもありません。追いかけてくる敵は国を、世界を守るために闘う軍隊です。
いや、ただ軍隊だけというわけではありませんでした。浅羽と伊里野は指名手配されているので、戦争状態で追い詰められた街の人々全員が敵となります。
敵も味方も分からないまま、ひたすら必死に逃げ続ける二人。
困難はそれだけではない。今までの伊里野の日常を思い出して欲しい。
・・・・・・度々鼻血を出していた。一巻冒頭バッグに大量に詰め込まれた薬を覚えているだろうか。しかし今は逃避行の身。薬なんて持っていない。
時間が経てば経つほど、肉体的にも精神的にも疲弊していく。余裕がなくなっていく。彼女の些細な言葉に苛立ちを覚える。そして、
「もう二度とその面を見せるな!」
そんな一言で彼女は壊れた。起こったのは記憶の退校。
逃げ続けていく中で、記憶の退校はどんどん進んでいく。ボウリングも文化祭も過ぎ、映画館のデートの当日にまで彼女の時間は巻き戻り、浅羽のことを待ち続けていた。浅羽は目の前にいるのに。今日はデートの日ではないのに。
浅羽は何度も語りかける。
自分が浅羽だと言っても分かってくれない。浅羽は来ないと言っても「来る!」と言って聞かない。
さらに巻き戻る。日にちを聞いてみれば夏休み最後の日。浅羽が夜のプールに忍び込んだ日だった。
彼女は明日学校に行くんだと言った。行きたくなかったけれど、行くことに決めたのだと。
何故? と浅羽は訊ねる。
彼女の返答で自分は感動で、全身に鳥肌が立った。ここでこれまでの平凡な日常が生きてくる。彼女が行きたくないと言っていたのに、行こうと思った理由がそこにはあったて、たった一言で説明された。他でもない伊里野の純粋な言葉で。
そこでもう終わりで良いだろうと思うくらい感動してしまったが、まだまだ終わりではない。榎本さんの御説明がある。それはここでは書き切れないし、詠んで確認して貰いたいので、省略させていただこう。
榎本さんに会ってしまえば、逃避行はおしまいだ。伊里野は軍に連れて行かれる。彼は自分なりに納得して、彼女を送り出し、自分は日常に戻った。
しかし物語は、夏はそこで終わりでない。
再び決断に迫られる。
世界か、彼女か。
一度は諦めた彼女がそこにいて、自分の言葉一つで世界と彼女の命運が決まってしまう。漂う緊張感。思わず唾を飲み込む。
素直に美しいラストだなと思った。セカイ系の作品として完成され過ぎていると思うほどに、傑作だと思う。