工大生のメモ帳

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【映画】百万円と苦虫女 感想

※ネタバレをしないように書いています。

私は強いと思ってた

情報

監督・脚本:タナダユキ

ざっくりあらすじ

高卒で就活浪人中の鈴子は、バイト先の女友達からルームシェアしないかと誘われる。しかし家を借りたのも束の間、友達は来ず、代わりに友達の彼氏だった男と生活することになる。そんな生活が上手くいくはずもなく、事件を起こしてしまい、鈴子は前科者となってしまう。実家に戻るがいずらさを感じた彼女は、一箇所に留まって百万円が貯まったら、次の場所へ引っ越すという生活をすることにする。

感想などなど

作品のタイトルを見た印象は、皆さんはどのように感じだろうか。人の感性にもよるだろうが、ブログ主はギャグ混じりの作品だと勝手に想像していた。しかし本作はそんな印象とは異なり、とても真面目に描かれたロードムービーである。

ブログ主が受けた作品を見た感想を一言でまとめるならば、『終始キャラの濃いぶっ飛んだ人物も出てくることなく、淡々と鈴子の成長を描いた真面目な作品』といった感じになる。途中「クズだな」と思う人物も出てくるが、そこまで突き抜けておらず、あまり描写もされないため映画の背景のようにしか感じられなかった(そこが映画として力を入れて描くべき場所ではないことは分かるが)。

百万円を稼いだら次の場所へ……というように鈴子が各地を転々とする話であるため、多くの人と出会い別れていくことになるが、悪い言い方をすると、あまり印象に残っている人物がいない。ピエール瀧など俳優は覚えているが、結局は俳優のネームバリューだろう。

思い返してみると、登場人物達が主人公に名前を呼ばれるシーンがない。話しかけるのは常に各地で出会った相手からであって、鈴子から関わろうとすることがないのだ。そのため各地で出会った人が、実際はどのような人であるかの大部分は想像で補うことになる。

前科者であるから故の距離感の取り方というものが、『このような形で映画の演出に反映されているんだな』と勝手に盛り上がっているブログ主であった。また、そのような過程があるからこそ、初めて彼女が関わりを持とうとする男性との物語を際立たせているような気がする。

 

そんな話は置いておいて、鈴子という人間について詳しく書いていきたい。あらすじでも書いた通り、前科者である。

鈴子がそうなってしまった事件が何とも言えない。

女友達が逃げてしまったことにより、男と一緒に生活することになった鈴子。そんなある日、彼女は段ボールに入れて捨てられた子猫を拾ってきた。とりあえず部屋に置いて、餌などを買いに部屋を飛び出す。しかし戻ってくると同居人の男にその猫を捨てられていたのだ。

それに怒った鈴子。なんと男の部屋の物を全て捨ててしまう。この件で男に刑事告訴され前科者になってしまった訳だ。

ブログ主は『鈴子は何故、その怒りの感情を言葉にしないのだろう』と思った。男は子猫を捨てた。それを知った鈴子は、男にどこに捨てたのかを聞くことすらせずに、家を飛び出して猫を探そうとする。当然、見つかるはずもない。

猫を捨てられたことに対して、同意されるかは別にして言い返すこともできたように感じるのは、ブログ主が男だからだろうか。言葉を通り超して、部屋の物を捨てるという行動力の高さは見習いたいかもしれない。

というか大前提として、ルームシェアするはずだったバイト先の女友達はどうしたというのだ。彼女がいなくなってしまった時点で、鈴子は怒ってしかるべきだった。ルームシェアを良く知りもしない男とするというのは決して良い気分ではないだろうし、辞めるべきだっただろう。

 

このように鈴子は感情を表に出さない。前科者となってからはその特徴は顕著になっていく。各地で男に好意を向けられるが、それに対する反応は淡泊そのものだ。相手の名前を呼ぶことがないことからも、それは分かって貰えるだろう。

ようやく彼女が淡泊ではない反応を返す男が現れるが、その男というのも、鈴子に負けず劣らずの距離感を掴みきれない不器用な男であった。大学生で一人暮らし、ベランダで家庭菜園にも満たないような野菜を育てていたり、お世辞にも綺麗とは言えない自室で生活していた。

そこで過ごす二人の時間は、これまでの生活とは打って変わった静かな生活であった。

不器用で間違えっぱなしの二人が辿る結末が、本作のラストである。

きっと賛否あるラストだと思う。決してバッドエンドではないが、納得できるかどうかは男と女、どちらに感情移入したかで決まる。

正解なんてない。少なくとも言えるのは、成長した鈴子は強く生きていけるだろうということだけである。

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