※ネタバレをしないように書いています。
世界の果てへ
情報
作者:萬屋直人
イラスト:方密
ざっくりあらすじ
『喪失症』が蔓延し、次々と人間がいなくなっていくことで、世界は穏やかに滅びつつあった。そんな世界の中で、二人の少年と少女が、一台のスーパーカブに跨がって走っていた。
感想などなど
まずは本作における重要な要素である『喪失症』について説明しておこう。
初期症状として、まずは『名前』が消える。誰もがその発症者の名前を覚えることができなくなり、名前を書かれたあらゆる書類やデータから消え失せる。
次に『顔』が消える。その人を撮影した写真や、絵画から発症者の顔が消え失せてしまうのである。
そのまた次には『色』が消える。周りの人から、白黒のモノクロ写真のようにしか見えなくなる。
さらに『影』が消え、光ですら体を透過するようになってしまう。
最後には『存在』が消え失せ、文字通り喪失してしまう。
これは病気というよりは、現象と言うべきかもしれない。あらゆる専門家が原因を突き止めようとしたが、何も分からないまま世界は穏やかに滅びていく。本作の主人公である二人も、『喪失症』の初期症状により名前が消えているため、少年と少女としか呼ばれていない。
その他、多くの登場人物がいるものの名前は一切登場しないのだ。街の外れで農作業に勤しむ元支店長は取締役としか呼ばれないし、彼と共に生活する女性秘書は秘書としか呼ばれない。その後出会う学校の保健室の先生は先生と呼ばれ、生まれつき心臓が弱く保健室でほとんど寝たきりの生活である女の子は姫と呼ばれていた。
街の名前も存在しない。以前は名称が書かれていたのだろう看板は白紙へと戻り、その役目を果たしていない。警察やネットや電気といったインフラも、喪失した人が多いために使えなくなっている。
かつての共に過ごして来たはずの人々の存在も、漠然とした想い出としてしか残らない。
そんな『喪失症』が蔓延した世界を、少年と少女はただ旅をする。本作はただそれだけの物語だ。
スーパーカブに跨がって、各地で色々な人と出会う。
名前を忘れてしまって働くことができなくなったから農作業に勤しむことになった取締役、その取締役についていって農作業を一緒にする美人秘書。
人力飛行機をチームで作っていたのだけれど、自分以外のメンバーが消失してしまったため、完成させることができなかった男。
とある海沿いの街で、医師として働く保健室の先生。その保健室で半ば寝たきりのような生活を送る姫。
おおよそ、この三つの出会いで本作は構成されている。凶悪な敵と戦うという訳でもなく、『喪失症』の謎を解き明かそうと必死こく訳ではない。命の危険に晒されるということも特にない。
出会う人が皆良い人であって、困っていると言えば助けてくれる。まぁ、二人の運が良かったと言えるかもしれないが、とりあえず本作に登場した人達は燃料がないと言う二人に燃料を分け与えたり、水の補充をしてあげたり、その他、細々としたことまで気を回して助けてくれる。
そして積み上がっていく想い出。
しかし別れというものは来る。別れ方は様々あるが、大まかに分類すると『希望ある別れ』と『悲しい別れ』の二つであろう。本作では主に『希望ある別れ』が描かれていく。
別れとは寂しいものであるはずだ。しかしどうだろう、本作にはそんな悲しみがない。どこか希望がある。いつか『喪失』してしまうにも関わらず、だ。
二人は向かう先々で目的地を訪ねられ、「世界の果て」だと応えている。しかし、その「世界の果て」は明確な場所ではない。二人も場所を訊ねられて首を傾げていた。
この旅に明確な終わりはないのだ。おそらく今後も別れを繰り返していくのだろう。二人は別れというものを当たり前に受け入れている。そして、毎日書いている日記には、それら全ての別れが書かれている。
別れは終わりではない。旅を続けていくことで日記の厚みが増していく。想い出として積み重なっていく。ただそれだけは『喪失』しない。それが分かるからこそ、『希望ある別れ』であると表現した。
ちょっとした時間に、サラッと読みたい。そう思えるような作品だった。