工大生のメモ帳

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とある飛空士への追憶 感想

【前:な し】【第一巻:ここ】【次:な し】

※ネタバレをしないように書いています。

恋と空戦の物語

情報

作者:犬村小六

イラスト:森沢晴行

ざっくりあらすじ

レヴァーム皇国の傭兵飛空士シャルルは、『光芒五里に及ぶ』美しさの少女ファナを守りながら一万二千キロを飛行するという荒唐無稽な任務を託される。

感想などなど

この作品における魅力的ポイントは『人種差別』と『美しい空』の二つである。前置きは書かず、さっさと内容に言及していこう。

まずは『人種差別』について。

といっても、本作において差別という言葉は一切登場しない。奴隷という言葉(制度はあるのかもしれないが)出てこない上に、登場人物達の間でも差別されている・しているという意識は存在していないように感じる。

登場する人種は大まかに『レヴァーム人』と『天ツ人』の二つ。差別し見下す側に立っているのは『レヴァーム人』であり、逆にされる側が『天ツ人』である。その描写がかなりえげつないため、かなり心理的にくるものがあるのも本作の特徴と言って良いだろう。

例えば。

冒頭では痩せ細り道に捨てられ死にかけた『天ツ人』の少年の様子が描かれている。両親もおらず――後で母親は随分前に理由もなく刺されて死んだことが明かされる――仕事にもありつけず、ただ死を待つだけだった。そこに変わりものの紳士が現れなければ、まず間違いなく死んでいたことだろう。

例えば。

姫様であるファナは、家庭教師に「天ツ人は家畜と同じ扱いが妥当」だと教えられていた。また実際に姫様に使えていた天ツ人はそのような扱いを受け、家畜が住むような掘っ立て小屋で生活し、姫様と言葉を交わすことが許されていなかった。

差別描写を挙げていけばキリがない。レヴァーム人同士の会話では、いつでもどこでも天ツ人を差別しなければ気が済まないのだろうか? と思うほどに差別に満ちている。

主人公であるシャルルは傭兵飛空士であり、金さえ貰えれば飛行機に乗り込み敵と戦う。彼の所属する傭兵隊の中では随一の戦闘力を持っているものの、そこに所属するレヴァーム人達には「天ツ人のくせに」と馬鹿にされているが、仕方ないという諦め……とは違う常識として扱われるような空気が漂っていた。

そんな世界で、シャルルが言い渡された任務が『姫を守って単機で一万二千キロを飛行すること』であった。

一万二千キロといえば、日本からフランスやイタリア辺りである。太平洋戦争で活躍した零式艦上戦闘機の走行距離が二千二百キロで、当時としては異常な程の走行距離であると言われていたらしい。

その距離を単機で進むという時点で色々とおかしい。しかも敵がいるともなれば、精神のすり減り具合は途方もないと分かって貰えるだろう。さらに後ろには姫様を乗せているというのだから、心労の大きさは尋常ではない。

 

しかし、姫であるファナと、飛空士であるシャルルが飛ぶ空には、それはそれは美しい世界が広がっている。

それこそが本作の魅力の一つである『美しい空』だ。

美しい文章で紡がれるシャルルとファナ――二人きりの世界。

天ツ人のシャルルと、レヴァーム人のファナという人種的にも地位的にも大きな隔たりのあった二人だが、空の上ではそんなもの関係ない。その二人の間に漂う空気というものが、読んでいくと好きになる。

さて、ここで少し考えて欲しい。

姫様は一万二千キロも飛んでどこへ向かおうとしているのか?

姫様は幼い頃に一度だけあった許婚に会いに行くのだ。ファナは好きでもない男の元に、王国の繁栄のための道具として婚約しに行くのだ。彼女自身、自分はモノであると意識していた。

「私はモノだ」と言い聞かせるファナ、誰に対しても心を開こうとせず、常に誰かに監視され続けてきた。そんな彼女が初めて心を開き、笑顔を浮かべた場所が空の上だったと知る者は、世界でシャルルただ一人であった。

避けようのない別れが刻一刻と近づいていく。敵に襲われる危険に晒されているにも関わらず、終わって欲しくないと願ってしまう。この物語の美しき結末を是非とも見て貰いたい。

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