工大生のメモ帳

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少女妄想中。 感想

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※ネタバレをしないように書いています。

恋と妄想

情報

作者:入間人間

イラスト:仲谷鳰

試し読み:少女妄想中。

ざっくりあらすじ

いつも姿を追いかけていた彼女への憧れ。夢の中で出会った少女への友情。傷つけてしまったあの人への想い。不思議な少女たちの恋物語をつづった短編集。

感想などなど

本作はそれぞれ違う形の想いが綴られた短編が三つまとめられている。最初、読んだだけではそれぞれの繋がりは一切ない。しかし、最後の物語で全てが一続きになっていたことが明かされるという構成になっている。

それぞれのジャンルは違うように思えるけれど、描かれている想いはどれも儚く甘酸っぱい。そんな短編集になっている。

それぞれどのような物語なのか、ネタバレをしないように語っていきたい。

 

「ガールズ・オン・ザ・ラン」

例え一度も会ったこともない相手だとしても恋することはあるのだろうか。

本作の主人公は、意中の相手である「彼女」の後ろ姿しか知らない。声だって聞いたことがなければ、どこにいるのかすら知らない。何も知らない相手のことを、ずっと追いかけ続ける……本作はそういう話だ。

もう少しだけ詳しく説明しよう。

主人公が四歳の頃、急に現れたり消えたりする少女と出会う。その不思議な彼女の姿は、どうやら思い切り全速力で走った時に現れるらしい。そう気づいた時から、彼女の人生は決まっていた。

中学と高校生では陸上部、大学では走ることを趣味とし、就活では足の速さを自慢して採用を得る。そんな彼女の人生は、走っている時にだけ現れる彼女と共にあると言っても過言ではない。

彼女が走る後ろ姿は、主人公が歳をとるのと同じように歳をとった。高校生になったらしい彼女が着ている制服は、どうやら実在するらしい。その高校は、自転車やらでいけない距離ではない場所にあって、そこに彼女はいるのかもしれない。

そのことを知った彼女は――決して彼女とは会わないようにした。そう決めたはずなのに彼女の複雑な想い、追いつけない彼女への憧れが募っていく。彼女の胸に抱えたその想いを、恋と呼ばずして何と呼ぼうか。

彼女は走ることが好きだと言った。その好きは、ずっと見えている背中に向けられた想いなのではないか。

最後、自分の想いを自覚してからの彼女が好きだ。

 

「銀の手は消えない」

この世界は現実か、はたまた夢か。

そのような哲学的問題について、未だに明確な答えは出ていない。今、生きていると思っているこの世界は、実は眠っている夢の中であるということを、もしくはシミュレーションの世界であるという可能性を、否定するだけの根拠が存在しないのだ。

本作の主人公は、生きている現実は誰かが見ている夢であるということを知っている。怪我をすれば血が出るし、食事をすれば美味しい。母親だっているし、海に行けば人がいる。夜は眠ることだってできる。

しかしながら、それらは全て現実をなぞるような空想の世界であると、彼女は認識している。そんな夢の中、向かった海辺の堤防沿いに、釣りに精を出すシロネという少女と出会った。

シロネは誰かを探しているらしい。その誰かの名前も顔も分からないけれど、「見たらぱっと思い出すかもしれない」という。何もかもが曖昧なまま、物語は進行していく。これはそういう話で、一つの決まった目的がある訳ではなかった。

そこに一つの目的地が定められた。

シロネの「一緒に夢の果てを探しに行きましょう」という一言から、二人は電車に乗って旅に出る。旅というのもおざなりな、計画性の欠片もない。それでも二人でいられるならば、何だって良かったのだろう。

「海は出会いの場所だなぁ」というシロネの台詞が好きである。

 

「君を見つめて」

子供の頃、叔母の目を潰したことがある。

中々にショッキングな設定であるが、本作はそのようなことをした女子が主人公である。一歳と二ヶ月の頃に、そのようなことをしたようだ。幼すぎて記憶にないが、入り浸っている叔母の右目は義眼であることが、その情報が事実であるということを物語っていた。

そんな叔母を好きになったらしい。

主人公は高校生で、叔母は四十近い。歳の差は母親と娘くらいなものである。それでも好きになってしまったものは仕方がない。「……好きになる相手って、選べるんですか?」という問いに、「そうだよ」と答えられる者はいるのだろうか。そう自信を持って答えられる人間は、一体どんな恋をしたのか。是非とも一筆したためて欲しい。

彼女にとって叔母は好きになった初恋の相手で、叔母にとっての少女は娘のようなもの。彼女をたしなめるように、好きな相手は選ぶべきだという彼女は、少女の問いに明瞭な答えを返せない。

そこには、これまでの経験と共に理解してしまった諦めがあるのだろう。彼女の恋を諦めさせることはできない、と。

二人が選んだ恋の形が、好きだ。

 

「今にも空と繋がる海で」

エピローグのようなものであり、それぞれが抱いた想いの全てが繋がっていく集大成であり、それによって紡がれた美しい景色とも言える。この物語で、これまでの物語が完結すると言って良い。

もう一度、全てを読み返したくなる作品だった。

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