※ネタバレをしないように書いています。
こんどこそ、ちゃんと生きたい
情報
作者:柳野かなた
イラスト:輪くすさが
試し読み:最果てのパラディン I 死者の街の少年
ざっくりあらすじ
骸骨の剣士のブラッド。神官ミイラのマリー。魔法使いの幽霊のガス。そんな人ならざる者達に、愛を注がれ育てられた少年ウィル。なぜ人である少年は、最果ての街にいるのか? その真実を知った時、ちゃんと生きて死ぬための戦いが幕を開ける。
感想などなど
この世に生を受けて、初めて顔を合わせる相手は親であることが一般的だ。人であれば人の親が、犬であれば犬の親がいる。それぞれ生んでくれた存在が、それから先も自分を育ててくれる切っても切れない関係性がそこで紡がれる。
さて、本作における主人公ウィルも人の子だ。だが、彼が目を開き、物心がついた頃には違和感が二つあった。
一つは前世の記憶があったということ。日本で生まれ育った彼は、人生のどこかで失敗し、それからは実家に引き籠もり続けていた。親が死んだ時には涙すら流さす、そのまま家で野垂れ死んだ。
彼の心を苛むのは後悔と自責の念だ。彼の前世において、失敗を取り返すチャンスなんていくらでもあったが、その全てを無視して来たのは彼自身の選択だ。そう分かっていたとしても、後悔を止める理由にはならない。
二つ目は自身の周囲には、血の通った人がおらず、骸骨とミイラと幽霊しかいなかったということ。骸骨の剣士の名はブラッド、ミイラの神官の名はマリー、幽霊の魔法使いの名はガス。
この三人に育てられていくこととなる。最初は前世の記憶があるために、ただ恐怖していたウィルであったが、彼らは自分を食べるとか呪うとかそういったことはなく、むしろ愛情を注いで育ててくれることが分かった。
ウィルには産んでくれた親がいるはず。しかしその親は今はいない。
ウィルにとっての親が、人ならざる彼らになるのにそう時間はかからなかった。そうして育まれていく家族としての絆が、家の外に広がる素晴らしき風景が、ウィルに前世とは違った人生を歩ませる覚悟を決めさせることとなる。
別れの挨拶もできず、親孝行もできず、親不孝者だった彼が、今度こそ家族のために戦うことができるようになりたい意思を生んだのだ。
ブラッドには剣を取って戦う術を、マリーには生活する上での技術を、ガスには歴史や魔法を学んだ。今となっては骸骨、ミイラ、幽霊となってしまった三人であるが、彼らには人だった頃というものがあるらしい。その時はかなりの手練れだったのだろう。
「自慢じゃねぇが、《戦鬼》とか言われてたな」とブラッド。
「マリーも《地母神の愛娘》とか言われててな」とブラッド。
「ガス爺さんな、《彷徨賢者》とか称えられてたマジモンの大魔法使いなんだぜ?」とブラッド。
そんな凄い三人が、こんな人のいない最果ての街で、どうして不死者(骸骨やミイラといった死ぬことの出来なくなった者達の総称)になってしまったのか? 当然、ウィルも読者も疑問に感じる。
だが、ブラッド達はその真相を ”すぐには” 語ろうとしなかった。ウィルが大きくなったら、大人になったら話すと口にする。この世界における成人は十五歳。十五年という歳月はそれほど短くない。不死者にとっては大したことないのかもしれないが。
今度こそ、家族を大切にしてちゃんと生きると誓った彼は、良い子として彼らの教えを一身に受け、ブラッド達もびびらせるくらいの力を身につけながら成長していく。その間にマリーで精通を迎えたりしたが、まぁ、男の子だし順調な発育である。
大人になって明かされるブラッド達の過去と、ウィルのいる ”死者の街” の正体を知った時が、この第一巻のクライマックスであり戦いの幕開けとなる。
ウィルは家族を守るために挑むことになる相手は神だ。
そもそも赤ん坊の彼が、どうして ”死者の街” にいるのか?
この十五年もの間で、一度だけガスに本気で殺されそうになったことがある。その時にウィルは、「殺されてもいい」と言った。ガスは、そんな彼を殺そうとした口を閉ざした。
なぜガスはウィルを殺そうとしたのか?
様々なこれまでの人生の違和感、疑問が繋がっていく。これまでブラッド達から培った技術の全てを出して、一度は決めた生きていく覚悟を、再び決めるのだ。
この第一巻は新たなる人生の門出だ。神に挑むような少年の、今後の人生の幸福を祈るばかりである。転生というギミックがしっかり生きた壮大な異世界ファンタジーであった。