工大生のメモ帳

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森の魔獣に花束を 感想

【作品リスト】

※ネタバレをしないように書いています。

生きて欲しいと思った

情報

作者:小木君人

イラスト:そと

試し読み:森の魔獣に花束を

ざっくりあらすじ

家の跡継ぎになるための試練として、人喰いの魔獣が住むとされる危険な森に、稀少な青い薔薇を探す旅に出た少年クレヲは、同行者の裏切りに遭い、森に一人で取り残されてしまう。そこで彼は半獣半人の魔獣の少女と出会う。

感想などなど

魔獣からしてみれば、人は捕食対象か、敵のどちらかでしかない。人から見た魔獣も同様だ。油断した方、つまりは弱者が殺されるという分かりやすい関係性である。しかし人は金のため、もしくは名誉のために、魔獣の生息する森へと入っていく。

そうして入る者達には、覚悟と装備を身につけた上だ。しかし、本作の主人公クレヲはそういった覚悟や装備はほぼない状態で森へと足を踏み入れ、一人で生きていく必要に迫られることとなる。

少年クレヲは、辺境にある寂れた村の名家グラント家の後継ぎだった。しかしながら彼は父親の期待に応えられるような優秀な少年ではなかった。生まれつき弱い身体と、暇さえあれば絵を描いているような引き籠もりがちで、父親には一切期待されていなかった。

それでも彼は、後継ぎになるための ”青い薔薇の試練” を受けることとなった。

試練の内容はこうだ。危険な魔獣の住む森に剣士と共に入り、青い薔薇を見つ出して十日後の日没までに戻って来た時、正式な後継ぎとして認められる。間に合わなかった場合、もしくは青い薔薇を見つけられなかった場合には、弟のローレンスに継承権が移る。

少年はあまり乗り気ではなかった。別に名家の後継ぎとならずとも、絵を描くことさえできれば良いと考えていた。それに細い腕で剣と盾を持ち、戦うようなことなど彼にはできない。

同行者の剣士グレッグ・リーは頼りになりそうな大男であった。屈強な剣士とは彼のような図体の者のことを言うのだろう。クレヲとは対極にいると言っても、過言ではないかもしれない。

しかし、彼と一緒にいれば死ぬことはないだろう。青い薔薇を見つけられなくても良い。ただ生きて戻ってくることさえできれば良いという考えは、とても甘かった。

彼はグレッグに森に置いて行かれた。しかも使いこなせないにしても大事な防具である盾を奪われた状態で、森の奥地にただ一人きり。片手には炎を吸収して輝く幻の緋緋色鉄の剣だけ。

恐いが森から脱出しなければ死ぬ――真っ直ぐ歩いているかも分からない不安で倒れそうになりながら、必死な想いで歩を進める。そんな彼の耳に「……たすけて」という少女の声が届いた。

その声の主こそが、その森に救う半獣半人の魔獣の少女であった。

 

少女はこれまで、森に迷い込んで動けなくなった少女を装う声で冒険者を誘い、喰らってきた。そこに罪悪感などはなく、ただ生きるための食料として人を選択してきたのだろう。

その声に拐かされた被害者の一人に、少年クレヲは名を連ねかけた。

少女が人語を解し、少年の「なんでもする」という言葉に興味を抱いたことが幸いした。ついでに言うならば、少年が武器を持っているように見えなかったことも、少女が少年を食べることを止めた理由の一つだろう。少年を捕らえたのはいいが「今なにがなんでも人間が食べたい!って気分でもないのよね」と、少女は言う。

そこで少年は、少女に花の絵を描いてあげた。何でもすると言っておきながら、自分には何もできることはないと自己嫌悪に苛まれた彼が、唯一やってきたことが、彼女の興味と関心を強く刺激したのだ。

少年は花と、少女の絵を送った。半獣半人とはいえ、その肢体は少女のそれであり、少年はドギマギしながら彼女を描いた。そんな少年の緊張など露知らず、自分の容姿が描かれた紙を嬉しそうに眺め、「気に入った」「あなたを食べないであげる」と少年に告げる。

そうして始まる少年と魔獣の生活。最初は食べられないための方便で、もしくは絵を送ってくれたお礼を込めて、ただ一緒にいるというだけだった。そんなそれぞれの思惑は、徐々に変わっていく。その過程が丁寧に描かれていく。

人と魔獣、本来は交わるはずのない両者の想いが通じ合うためには、それ相応の覚悟と運命の悪戯が必要になる。それは過酷かもしれないが、二人にとって絶対に必要な試練だったと、じんわりと心が温まるようなラストを見て考えさせられる……そういう作品だった。

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